生前贈与は、将来発生する相続税を圧縮し、大切な家族へ確実に資産を継承するための最も有効な手段の一つです。しかし、2024年(令和6年)1月1日から施行された税制改正により、これまでの「常識」が劇的に変化しました。「暦年贈与」における持ち戻し期間の延長や、「相続時精算課税制度」への基礎控除新設など、制度の仕組みが複雑化したことで、従来のやり方では期待した節税効果が得られないばかりか、かえって損をしてしまうリスクさえ生じています。
結論から申し上げますと、今回の改正は「早期からの計画的な贈与」を行う方には有利に、逆に「相続直前の駆け込み贈与」には厳しくなる内容となっています。正しい知識を持ち、ご自身の資産状況に合わせた最適な制度を選択すれば、将来の相続税を数百万円単位で削減することも決して不可能ではありません。
この記事では、相続実務の最前線に立つ税理士の視点から、以下の3点を中心に徹底解説します。
- 2024年改正の全貌:持ち戻し期間7年延長と、新設された「年110万円控除」の衝撃
- 制度選択の決定版:「暦年贈与」と「相続時精算課税」どちらを選ぶべきかの判断基準
- 鉄壁の税務調査対策:否認されないための契約書作成と資金移動の具体的ルール
インターネット上には古い情報も混在していますが、本記事では最新の法令に基づいた正確な情報のみを網羅しています。ぜひ最後までお読みいただき、円満で賢い資産承継の第一歩としてください。
生前贈与の基礎知識とメリット・デメリット
このセクションでは、まず生前贈与の全体像と、なぜ多くの人が相続税対策として生前贈与を選ぶのか、その根本的な理由について解説します。生前贈与は単にお金を渡すだけの手続きではありません。日本の税制において、資産を次世代に移転する際に最もコストを抑えられる可能性を秘めた「権利」でもあります。
生前贈与とは?相続税対策における役割と効果
生前贈与とは、個人が生きているうちに、別の個人(主に配偶者や子、孫など)に対して財産を無償で譲り渡す行為を指します。民法第549条において、贈与は「当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾することによって、その効力を生ずる」と定義されています。つまり、あげる側(贈与者)と、もらう側(受贈者)の双方の合意があって初めて成立する契約行為です。
相続税対策における生前贈与の最大の役割は、「相続発生時の遺産総額を減らすこと」にあります。日本の相続税は累進課税制度を採用しており、遺産総額が大きくなればなるほど、適用される税率も高くなります(最高55%)。したがって、生前に少しずつ財産を子供や孫に移転し、将来の相続財産(課税対象額)を圧縮しておけば、適用される税率を下げ、トータルの納税額を抑えることが可能になります。
例えば、相続財産が1億円ある場合と、生前贈与によって5,000万円まで減らした場合では、最終的に支払う税金に数千万円の差が出ることも珍しくありません。また、納税資金を事前に子供へ渡しておくことで、相続発生時に「現金がなくて納税できない」という事態(納税資金不足)を防ぐ効果も期待できます。
年間110万円まで非課税になる「暦年贈与」の仕組み
生前贈与の基本となるのが「暦年(れきねん)贈与」です。これは、1月1日から12月31日までの1年間に受け取った贈与額の合計が110万円以下であれば、贈与税がかからないという仕組みです。この110万円を「基礎控除額」と呼びます。
この制度の強力な点は、受贈者(もらう人)一人につき年間110万円まで非課税になることです。例えば、子供が3人いる場合、それぞれに110万円ずつ贈与すれば、年間合計330万円の資産を無税で移転できます。これを10年間続ければ、3,300万円もの資産を非課税で次世代へ渡すことができるのです。
ただし、注意点もあります。あくまで「もらう人」単位で計算するため、父から100万円、母から100万円をもらった場合、合計200万円となり、110万円を超えた90万円部分に対して贈与税がかかります。誰からいくらもらったかに関わらず、受贈者1人が1年間に受け取った総額で判定されることを覚えておきましょう。
贈与税の税率:「一般税率」と「特例税率(孫・子への贈与)」の違い
年間110万円を超えて贈与を行った場合、超えた部分に対して贈与税が課税されます。この際の税率には「一般税率」と「特例税率」の2種類があり、誰から誰へ贈与したかによって適用される税率が異なります。
特例税率は、直系尊属(父母や祖父母)から、18歳以上(贈与の年の1月1日時点)の直系卑属(子や孫)へ贈与する場合に適用されます。一般税率よりも税負担が軽く設定されており、資産の早期移転を促す国の方針が反映されています。
一方、一般税率は、特例税率に該当しない場合(例:夫婦間、兄弟間、親子でも子が未成年の場合など)に適用されます。
▼ 詳細解説:贈与税の速算表(特例税率と一般税率の比較)
以下は、基礎控除後の課税価格に対する税率表です。特例税率の方が、高い金額を贈与した際の税率が低く設定されています。
| 基礎控除後の課税価格 | 特例税率(18歳以上の子・孫へ) | 控除額 | 一般税率(その他) | 控除額 |
|---|---|---|---|---|
| 200万円以下 | 10% | – | 10% | – |
| 300万円以下 | 15% | 10万円 | 15% | 10万円 |
| 400万円以下 | 15% | 10万円 | 20% | 25万円 |
| 600万円以下 | 20% | 30万円 | 30% | 65万円 |
| 1,000万円以下 | 30% | 90万円 | 40% | 125万円 |
| 1,500万円以下 | 40% | 190万円 | 45% | 175万円 |
| 3,000万円以下 | 45% | 265万円 | 50% | 250万円 |
| 4,500万円以下 | 50% | 415万円 | 55% | 400万円 |
| 4,500万円超 | 55% | 640万円 | 55% | 400万円 |
※計算例:18歳以上の息子に500万円を贈与した場合
(500万円 – 110万円) × 15% – 10万円 = 48.5万円の贈与税
生前贈与のメリット(遺産総額の圧縮)とデメリット(コストと手間)
生前贈与には明確なメリットがある一方で、無視できないデメリットやリスクも存在します。これらを天秤にかけ、ご自身の状況において「やる価値があるか」を判断する必要があります。
メリット
- 相続税の節税効果が高い:時間をかけて暦年贈与を行えば、相続財産を大幅に減らし、適用される相続税率を下げることができます。
- 遺産分割トラブルの回避:生前に「誰に何をあげるか」を決めて渡してしまうことで、死後の遺産分割協議での争いを未然に防げます。特定の財産を特定の子供に確実に渡したい場合に有効です。
- 感謝の気持ちを直接伝えられる:生きているうちに財産を譲ることで、子供や孫が家を建てたり教育を受けたりする様子を見届けることができ、直接感謝される喜びがあります。
デメリット
- 贈与税の負担:計算なしに多額の贈与を行うと、相続税よりも高い税率の贈与税がかかる場合があります。
- 老後資金の枯渇リスク:節税を意識しすぎて財産を渡しすぎると、ご自身の医療費や介護費用が不足する恐れがあります。
- 事務負担と管理の手間:毎年契約書を作成したり、振込手続きを行ったりする事務作業が必要です。また、申告漏れがあると税務調査で指摘されるリスクがあります。
相続専門税理士のアドバイス
「生前贈与を始めるのに最適なタイミングは『今すぐ』ですが、さらに正確に言えば『ご自身の老後資金の目処が立った瞬間』です。多くの方が『相続税を減らしたい』という一心で、ご自身の手元資金を減らしすぎてしまうケースが見受けられます。まずはご自身のこれからの生活費、医療・介護費を保守的に見積もり、それでも余る部分について贈与を検討するのが鉄則です。健康で判断能力がしっかりしているうちでないと、贈与契約そのものが無効とされるリスクもあるため、認知症対策の観点からも早期着手が望ましいでしょう。」
【最重要】2024年(令和6年)税制改正で生前贈与はどう変わった?
ここからのセクションは、これからの生前贈与を考える上で最も重要なパートです。2024年(令和6年)1月1日以降の贈与に対し、過去数十年で最大規模とも言える税制改正が適用されました。この改正を正しく理解していないと、良かれと思って行った対策が全て無駄になる可能性があります。
改正の主な目的は「資産移転の時期に中立な税制」の構築です。簡単に言えば、生前に贈与しても相続で渡しても、税負担が大きく変わらないように調整が入りました。具体的には、「暦年課税の増税(持ち戻し期間延長)」と「相続時精算課税の減税(基礎控除新設)」という2つの大きな変更が行われています。
改正ポイント①:暦年課税の「持ち戻し期間」が3年から7年へ延長
これまで、相続開始前(亡くなる前)3年以内に行われた暦年贈与は、相続財産に足し戻して(持ち戻して)相続税を計算するというルールがありました。これは、亡くなる直前の「駆け込み贈与」による過度な節税を防ぐためのものです。
2024年の改正により、この持ち戻し期間が「3年」から「7年」へと大幅に延長されました。つまり、亡くなる前7年間に行われた贈与は、なかったものとして相続財産に加算され、相続税が課税されることになります(支払済みの贈与税額は控除されます)。
この変更により、高齢になってから慌てて暦年贈与を始めても、その多くが相続財産に持ち戻されてしまい、節税効果が得にくくなりました。例えば、80歳で贈与を開始し85歳で亡くなった場合、改正前であれば当初2年分は節税効果がありましたが、改正後は5年間の贈与すべてが持ち戻しの対象となる可能性があります。
延長期間(相続前3年〜7年)の贈与に関する緩和措置
ただし、延長された4年間(相続前3年超〜7年以内)の贈与については、すべてが丸ごと加算されるわけではありません。緩和措置として、延長期間中の贈与額合計から「総額100万円」を控除した残額を持ち戻すこととされました。
この100万円控除は、受贈者ごとの総額に対するものであり、年ごとではない点に注意が必要です。あくまで激変緩和のための措置であり、7年間の持ち戻しによる増税インパクトを完全に打ち消すものではありませんが、記録管理の煩雑さを考慮した配慮と言えます。
改正ポイント②:相続時精算課税制度に「年110万円の基礎控除」が新設
一方、これまで使い勝手が悪いと敬遠されがちだった「相続時精算課税制度」には、画期的なメリットが追加されました。それが「年間110万円の基礎控除」の新設です。
従来の相続時精算課税制度は、2,500万円までの贈与が非課税になるものの、あくまで「課税の先送り」であり、相続時にはその全額を相続財産に足し戻して計算する必要がありました。また、少額の贈与であっても毎回申告が必要という手間もありました。
しかし、今回の改正により、相続時精算課税制度を選択した場合でも、年間110万円以下の贈与であれば、贈与税がかからないだけでなく、相続時の持ち戻し計算にも含めなくてよい(完全非課税)ことになりました。さらに、110万円以下であれば毎年の申告も不要です。
この変更により、相続時精算課税制度は「一度選択すると暦年贈与に戻れない」というデメリットを補って余りある、「毎年確実に110万円を非課税で移転できる制度」へと生まれ変わりました。
改正により「駆け込み贈与」は通用しなくなったのか?
結論として、暦年贈与を使った「死期が迫ってからの駆け込み贈与」は、7年間の持ち戻しルールによって事実上封じ込められたと言えます。しかし、これは「生前贈与そのものが無意味になった」ということではありません。
むしろ、早い段階(例えば60代、70代前半)から対策を始める人にとっては、選択肢が広がったとも言えます。健康なうちから7年以上かけて暦年贈与を行うか、あるいは新しくなった相続時精算課税制度を使って、持ち戻しのリスクなしにコツコツ110万円を贈与し続けるか。戦略的な選択が求められる時代になったのです。
相続専門税理士のアドバイス
「今回の改正を踏まえて『今すぐ』見直すべき対策は、ご自身の年齢と健康状態に基づく制度選択です。もしあなたが現在70代以上で、将来の相続発生が10年以内に想定される場合、持ち戻し期間が7年になった暦年贈与に固執するのはリスクが高いかもしれません。逆に、新しくなった相続時精算課税制度を選べば、いつ相続が発生しても、その年までの110万円以下の贈与分は確実に『持ち戻し対象外』として資産から切り離せます。この『確実性』は、特に高齢層の方にとって大きな安心材料となるはずです。」
徹底比較!「暦年贈与」vs「相続時精算課税制度」どちらが得か?
2024年の改正により、どちらの制度を選ぶべきかの判断は非常に悩ましいものになりました。「とりあえず暦年贈与」という思考停止は危険です。ここでは、資産規模や家族構成、年齢に応じたシミュレーションを通じて、あなたに最適な制度を判定します。
暦年贈与が向いている人:時間をかけてコツコツ資産移転したい場合
暦年贈与の最大の強みは、何と言っても「高い税率がかかる部分の資産を、低い税率(またはゼロ)で移転できる」点にあります。特に、以下の条件に当てはまる方は暦年贈与が有利になる傾向があります。
- 年齢が比較的若い(60代〜70代前半):相続発生まで10年以上の期間が見込める場合、7年の持ち戻し期間を超えた部分の贈与が確実に資産圧縮効果を生みます。
- 孫やひ孫への贈与:孫は通常、相続人ではないため、原則として持ち戻しの対象になりません(遺言で財産をもらう場合などを除く)。孫への暦年贈与は、改正後も依然として最強の節税策です。
- 資産規模が非常に大きい:年間110万円の枠にこだわらず、多少の贈与税(10%〜20%程度)を払ってでも、年間300万〜500万円単位で資産を移転したほうが、将来の相続税(最高55%)を払うより安く済むケースです。
相続時精算課税制度が向いている人:短期間で大型贈与を行いたい場合
一方、新しくなった相続時精算課税制度は、以下のような方に適しています。
- 年齢が高い(70代後半〜80代以上):相続がいつ発生してもおかしくない場合、暦年贈与では7年以内の持ち戻しリスクが高まります。精算課税の基礎控除(年110万円)なら、いつ亡くなってもその分は持ち戻されません。
- 一時的に多額の財産を渡したい:「住宅購入資金」や「自社株の譲渡」など、2,500万円の特別控除枠を使って一度に大きな資産を移転したいニーズがある場合。
- 管理の手間を減らしたい:年110万円以下なら申告不要であり、贈与契約書などの管理さえしっかりしていれば、税務リスクを低減できます。
【独自シミュレーション】資産1億円・子2人のケースでの節税効果比較
具体的な数字で比較してみましょう。
条件:資産1億円、相続人は子2人。10年間にわたり、子2人それぞれに毎年110万円を贈与し、10年後に相続が発生したと仮定します。
ケースA:暦年贈与を継続した場合(改正後のルール適用)
- 贈与総額:110万円 × 2人 × 10年 = 2,200万円
- 持ち戻し対象:相続前7年分の贈与額(110万円 × 2人 × 7年 = 1,540万円)が相続財産に加算される。※緩和措置の100万円控除は考慮せず簡易計算
- 節税効果:持ち戻されなかった当初3年分(660万円)のみが資産から減ったことになる。
ケースB:相続時精算課税制度(新制度)を選択した場合
- 贈与総額:110万円 × 2人 × 10年 = 2,200万円
- 持ち戻し対象:0円。新設された基礎控除(年110万円)以下の部分は、相続財産に加算されない。
- 節税効果:贈与した2,200万円全額が相続財産から消滅する。
このケースでは、明らかに「相続時精算課税制度」の方が有利となります。持ち戻し期間の延長により、暦年贈与の優位性が崩れる分岐点が存在することを理解してください。
制度選択の注意点:一度選択すると暦年課税には戻れない「不可逆性」
相続時精算課税制度を選択するには、税務署に届出書を提出する必要があります。ここで最も注意すべきは、「一度この制度を選択すると、二度と暦年贈与(暦年課税)には戻れない」という不可逆性です。
例えば、精算課税を選択した後に「やっぱりもっと多額の贈与をして、贈与税を払ってでも資産を減らしたい」と思っても、精算課税の枠組み(2,500万円を超えたら一律20%課税、相続時に全額精算)から逃れることはできません。この選択は、ご自身のライフプランや資産状況を慎重に見極めた上で行う必要があります。
相続専門税理士の体験談
「先日相談に来られたBさん(78歳・資産1億5千万円)は、これまで漫然と暦年贈与を行っていましたが、2024年の改正を知り、急いで相続時精算課税制度への切り替えを決断されました。シミュレーションの結果、もし暦年贈与を続けていたら相続時に約1,000万円が持ち戻される計算でしたが、切り替えによってそのリスクを遮断し、毎年確実に220万円(子2人分)の資産を無税で圧縮できる体制を整えました。『これでいつお迎えが来ても安心だ』と安堵されていたのが印象的です。」
税務署に否認されない!正しい生前贈与のやり方と手順
どれほど完璧な節税計画を立てても、実行段階で不備があれば税務署に否認され、多額の追徴課税を課される恐れがあります。ここでは、税務調査官に「これは間違いなく贈与である」と認めさせるための、実務的な手順と証拠保全のテクニックを解説します。
ステップ1:贈与契約書の作成(必須項目と記載例)
生前贈与は口頭でも成立しますが、税務署に対して「いつ、誰が、誰に、いくら贈与したか」を客観的に証明するためには、「贈与契約書」の作成が必須です。特に親族間の金銭授受は「貸し借り」や「預け金」と疑われやすいため、書面での証拠能力が問われます。
▼【テンプレート】そのまま使える贈与契約書の記載例
以下の内容をワード等で作成し、2部印刷して双方が署名・捺印の上、各自1部ずつ保管してください。
贈与契約書
贈与者 〇〇 〇〇(以下「甲」という)と、受贈者 〇〇 〇〇(以下「乙」という)は、以下の通り贈与契約を締結した。
第1条(贈与の合意)
甲は乙に対し、現金 金1,100,000円 を無償で贈与することを約し、乙はこれを受諾した。
第2条(贈与の実行時期及び方法)
甲は、令和〇年〇月〇日までに、乙の指定する以下の銀行口座へ振り込む方法により支払うものとする。
・銀行名:〇〇銀行 〇〇支店
・口座種別:普通預金
・口座番号:〇〇〇〇〇〇〇
・口座名義:〇〇 〇〇
令和〇年〇月〇日
(甲)住所:東京都〇〇区〇〇…
氏名:〇〇 〇〇 印
(乙)住所:神奈川県〇〇市〇〇…
氏名:〇〇 〇〇 印
ステップ2:銀行振込による証拠の残し方(現金手渡しがNGな理由)
贈与の実行は、必ず「銀行振込」で行ってください。現金の手渡しは、通帳に記録が残らないため、税務調査の際に「本当にその日に資金移動があったのか」を証明することが極めて困難になります。
振込を行う際は、贈与者の口座から受贈者の口座へ直接移動させることが重要です。また、摘要欄に「ゾウヨ」などと記載する必要はありませんが、日付と金額が契約書と一致していることが証拠となります。
ステップ3:通帳・印鑑の管理(名義預金とみなされないために)
最も多い失敗が「名義預金」です。これは、口座の名義は子供や孫になっていても、通帳や印鑑を実際に管理しているのが親(贈与者)である状態を指します。税務署は実質的な管理者を重視するため、名義預金と認定されると、その口座のお金はすべて親の財産(相続財産)とみなされます。
これを防ぐための鉄則は以下の通りです。
- 通帳と印鑑は受贈者本人が管理する:子供や孫が自分で保管し、自由に使える状態にしておくこと。
- 銀行印は使い分ける:親と同じ印鑑を使わず、受贈者自身の印鑑で口座を開設すること。
- 時々使用する:一度も引き出しがない口座は「管理されていない」と疑われるため、受贈者が実際に生活費や買い物などでその口座のお金を使う実績を作ること。
ステップ4:贈与税申告書の作成と提出期限(翌年2月1日〜3月15日)
年間110万円を超える贈与を受けた場合(または相続時精算課税制度を選択した場合)は、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの間に、受贈者の住所地を管轄する税務署へ贈与税の申告と納税を行う必要があります。
申告書は国税庁の「確定申告書等作成コーナー」で作成可能です。期限を過ぎると延滞税などがかかるため、スケジュール管理には十分注意してください。
相続専門税理士のアドバイス
「税務調査で調査官が真っ先にチェックするのは『通帳の筆跡』と『出金履歴』です。孫名義の通帳を作った際の申込書の筆跡がおじいちゃんのものだったり、その口座から引き出されたお金がおじいちゃんの老人ホーム入居金に使われていたりすれば、一発で名義預金と認定されます。『あげた』という事実を作るためには、受贈者がそのお金を自分の意思でコントロールしている実態が不可欠なのです。」
目的別に使える「非課税特例」の活用ガイド
暦年贈与や相続時精算課税制度とは別に、特定の目的(住宅、教育、結婚・子育て)のために資金を贈与する場合に使える「非課税特例」があります。これらは期間限定の措置であることが多いですが、要件を満たせば数百万円〜1,000万円単位の非課税枠を追加で利用できるため、非常に強力です。
住宅取得等資金の贈与(最大1,000万円非課税)の要件と期限
父母や祖父母から、居住用家屋の新築・取得・増改築等のための資金をもらった場合、一定の要件を満たせば最大1,000万円(省エネ等住宅の場合。一般住宅は500万円)までが非課税となります。
この特例のメリットは、暦年贈与の110万円や相続時精算課税制度と併用できる点です。ただし、「贈与を受けた年の翌年3月15日までに居住を開始すること」や「受贈者の所得制限(合計所得金額2,000万円以下)」などの厳しい要件があります。適用期限が頻繁に改正されるため、最新情報の確認が必須です。
教育資金の一括贈与(最大1,500万円非課税)のメリット・デメリット
30歳未満の子や孫に対し、教育資金として金融機関に信託等をした場合、受贈者1人につき最大1,500万円までが非課税となります。学校の入学金や授業料だけでなく、塾や習い事の費用(上限500万円)も対象です。
メリット:一度に多額の資金を移転でき、孫への贈与なら原則として相続税の持ち戻し対象外(※贈与者が死亡した場合の残額課税ルールあり)となります。
デメリット:金融機関での手続きが必要で、領収書を提出して払い出す手間がかかります。また、30歳になった時点で使い残しがあると、その残額に対して贈与税がかかります。
結婚・子育て資金の一括贈与(最大1,000万円非課税)
18歳以上50歳未満の子や孫に対し、結婚や子育て資金として金融機関に信託等をした場合、最大1,000万円(結婚費用は上限300万円)までが非課税となります。
教育資金贈与と同様の仕組みですが、こちらは贈与者が死亡した時点で使い残しがあると、その残額が相続財産に加算されて相続税の対象となるため、節税効果は限定的と言われています。
夫婦間での居住用不動産の贈与(おしどり贈与)
婚姻期間が20年以上の夫婦間で、居住用不動産またはそれを取得するための資金を贈与する場合、基礎控除110万円とは別に最高2,000万円まで控除(配偶者控除)が受けられます。
自宅の権利を妻に移すことで、将来の相続財産を減らす効果があります。ただし、不動産取得税や登録免許税といったコストが別途かかるため、トータルで得になるかどうかのシミュレーションが必要です。
相続専門税理士のアドバイス
「各種特例は『非課税枠が大きい』というだけで飛びつくのは危険です。例えば教育資金贈与は、金融機関への手数料や領収書管理の手間を考えると、都度必要な時に『扶養義務に基づく生活費・教育費』として手渡す(これも非課税です)のと大差ないケースもあります。特例を使うべきか、シンプルな暦年贈与で代用すべきか、コストと手間を比較して判断しましょう。」
要注意!生前贈与でよくある失敗とトラブル対策
「節税のつもりが、かえって高い税金を払うことになった」「兄弟間で骨肉の争いに発展した」。生前贈与にはこうした落とし穴がつきものです。ここでは、代表的な失敗事例と、それを防ぐためのリスクヘッジ策を紹介します。
「名義預金」認定:子供に内緒で貯めた通帳は相続財産になる
前述の通り、子供や孫に内緒で作った預金は、法的には贈与と認められず、亡くなった親の財産(名義預金)として相続税の課税対象になります。過去の税務調査においても、最も否認件数が多いのがこの名義預金です。「サプライズで渡したい」という親心は税務署には通用しません。必ずオープンにし、受贈者が管理するようにしてください。
「連年贈与」認定:毎年同額の贈与は定期金とみなされるリスク
毎年同じ時期に同じ金額(例:毎年100万円を10年間)を贈与していると、「最初から1,000万円を贈与する約束(定期金に関する権利の贈与)があった」とみなされ、総額に対して一括で贈与税が課税されるリスクがあります。
これを避けるためには、「毎年贈与契約書を作成する」「年によって金額や振込日を変える」といった工夫で、あくまで「単発の贈与がたまたま毎年続いた」という形をとることが重要です。
遺留分侵害額請求:特定の子供や孫への過度な贈与が招く親族トラブル
特定の子供(例えば長男だけ)に多額の生前贈与を行った結果、相続発生時に他の兄弟(長女など)の取り分が極端に少なくなると、「遺留分侵害額請求」という訴訟に発展する可能性があります。遺留分とは、相続人が最低限受け取れる遺産の割合のことです。
生前贈与を行う際は、将来の遺産分割バランスを考慮し、他の相続人への配慮や、遺言書の作成をセットで行うことがトラブル回避のカギとなります。
受贈者(もらう側)の無駄遣いリスクと管理方法
子供や孫に若くして大金を渡すと、金銭感覚が麻痺し、浪費してしまうリスクがあります。これを防ぐために、生命保険を活用して「お金を受け取れる時期をコントロールする」方法や、教育資金贈与のように使途を限定する制度を利用するのも一つの手です。
相続専門税理士の失敗事例紹介
「Aさん(80代男性)は、孫のために良かれと思って、孫名義の通帳に毎年100万円ずつ、計10年間積み立てていました。しかし、通帳も印鑑もAさんが金庫で大切に保管しており、孫はその存在すら知りませんでした。Aさんの相続発生後、税務調査でこの通帳が発見され、調査官は『これは孫の財産ではなく、Aさんの名義預金です』と認定。約1,000万円が相続財産に加算され、追徴課税を含めて多額の税金を支払う結果となりました。契約書もなく、受贈者の認識もなかったことが致命的でした。」
生前贈与に関するよくある質問(FAQ)
最後に、生前贈与の実務において頻繁に寄せられる質問に、Q&A形式で簡潔にお答えします。
Q. 専業主婦の妻へ生活費を渡すのも贈与税がかかりますか?
A. いいえ、かかりません。夫婦や親子など扶養義務者相互間において、生活費や教育費として「通常必要と認められるもの」を都度渡す場合は、贈与税は非課税です。ただし、生活費として渡したお金を使わずに貯金して、株式投資や不動産購入に充てた場合は、贈与税の対象となる可能性があります。
Q. 認知症になった後でも生前贈与はできますか?
A. 原則としてできません。贈与は契約行為であるため、贈与者(あげる人)に意思能力が必要です。認知症により判断能力がないと診断された場合、贈与契約は無効となります。成年後見人をつけても、被後見人の財産を減らす行為(贈与)は原則認められません。だからこそ、元気なうちの対策が必要なのです。
Q. 贈与税の申告を忘れてしまった場合はどうすればいいですか?
A. 気づいた時点で、一刻も早く申告・納税を行ってください。自主的に申告すれば「無申告加算税」が軽減される場合があります。税務署からの指摘を受けてからではペナルティが重くなります。
Q. 孫への贈与は「2割加算」の対象になりますか?
A. 生前贈与(贈与税)には2割加算の制度はありません。ただし、遺言などで孫が財産を「相続」した場合、相続税額が2割加算されるルールがあります。生前贈与(暦年贈与)で渡す分には、特例税率も使え、2割加算もないため、孫への資産移転は相続より贈与が有利なケースが多いです。
相続専門税理士のアドバイス
「『これくらいならバレないだろう』という自己判断が一番危険です。税務署の調査能力(KSKシステム)は年々高度化しており、過去のお金の動きはガラス張りだと思ってください。少しでも不安な点があれば、実行する前に税理士に相談すべきです。その相談料数万円が、将来の数百万円の損失を防ぐ保険になります。」
まとめ:早めの対策がカギ!あなたに最適な生前贈与プランを立てよう
2024年の税制改正により、生前贈与は新たなフェーズに入りました。「暦年贈与の持ち戻し期間延長」は増税要因ですが、「相続時精算課税の基礎控除新設」という強力な武器も与えられました。重要なのは、これらの制度の特性を理解し、ご自身の年齢、資産規模、家族構成に合わせて最適な組み合わせを選ぶことです。
最後に、本記事の要点をチェックリストとしてまとめました。これらを一つずつ確認し、今日からできるアクションを起こしてください。
- 資産の棚卸し:自分の全財産(不動産・預金・株)がいくらあるか把握しましたか?
- 制度の選択:「暦年贈与」を続けるか、「相続時精算課税」に切り替えるか、シミュレーションを行いましたか?
- 契約書の作成:贈与のたびに契約書を作成し、双方で保管する準備はできていますか?
- 証拠の保全:現金の受け渡しではなく、銀行振込で行うルールを決めましたか?
- 通帳の管理:贈与した口座の通帳と印鑑は、必ず受贈者(子供・孫)本人に管理させていますか?
相続税対策は、時間が最大の味方です。1日でも早く対策を始めることで、より多くの資産を、より確実に、大切なご家族へと残すことができます。まずは現状の把握から始めてみてください。
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