日本語には「複数」を表す言葉がいくつか存在しますが、その中でも特に日常的に使われるのが「ら(等)」と「たち(達)」です。普段何気なく使っているこれらの言葉ですが、ビジネスシーンや公的な文書において、どちらを使うべきか迷ったことはないでしょうか。
結論から申し上げますと、日常会話においては「たち」を使うのが丁寧で無難ですが、ビジネスや公的な文書、あるいはニュース報道などでは、客観的な事実を伝えるためにあえて「ら」を使うケースが多々あります。しかし、ここで注意が必要なのは、目上の人や取引先に対して「ら」を使うことは、基本的にマナー違反となる可能性が高いという点です。
この記事では、長年ビジネス文書の校閲に携わってきた私の視点から、以下の3点を中心に徹底解説します。
- 「ら」と「たち」の決定的なニュアンスの違いと使い分けの基準
- 上司や取引先に使うと失礼になってしまう「ら」のNG使用例
- 「~方」「~各位」など、ビジネスで明日から使えるスマートな言い換え表現一覧
言葉の選び方一つで、あなたの知性や相手への敬意が伝わるかどうかが決まります。曖昧なままにせず、この機会に正しい使い分けをマスターして、自信を持って文章を書けるようになりましょう。
接尾語「ら」の基礎知識と「たち」との決定的な違い
まずはじめに、「ら」という言葉が持つ本来の意味と、「たち」との間に存在する決定的な違いについて深く掘り下げていきます。辞書を引けばどちらも「複数を表す接尾語」として説明されていますが、実際の言葉の運用現場、特にビジネスや大人の人間関係においては、この二つの間には埋めがたい「温度差」が存在します。
私が校閲の現場で新人ライターさんの原稿をチェックしていると、この「温度差」に無自覚なまま「彼ら」や「社員ら」といった表現を多用し、文章全体がどこか冷たく、あるいは尊大な印象になってしまっているケースによく遭遇します。言葉の定義だけでなく、その言葉が纏(まと)っている空気感を理解することが重要です。
現役日本語校閲者のアドバイス
「辞書には『ら=複数を表す』としか書かれていないことが多いですが、現場の肌感覚としては『ら』には『その他大勢』というニュアンスが含まれることがあります。一方、『たち』には『その人たちが主体である』という温かみがあります。この微細な感覚のズレが、読み手に違和感を与える原因になります。」
「ら(等)」の基本的な意味:複数形と「など(例示)」
「ら」という言葉は、漢字で書くと「等」となります。この字が示す通り、本来は「それと、それに等しいもの」「それと、その他のもの」という意味合いを強く持っています。つまり、特定の人物(例えばAさん)を指しつつ、その周囲にいる人々をひとまとめにして「Aさんら(Aさん等)」と表現する場合、焦点はあくまでAさんにあり、残りの人々は「その他」として扱われているニュアンスが生じます。
また、「ら」には純粋な複数形としての機能だけでなく、「~など」という「例示」や「範囲の曖昧化」を含意する場合もあります。「ここらで休憩しよう」と言う時の「ら」は、正確な地点ではなく「このあたり」という漠然とした範囲を指しています。このように、「ら」は対象を厳密に特定せず、ある程度の幅を持たせてざっくりと指し示す際に非常に便利な言葉です。
しかし、この「ざっくり感」こそが、人を指す場合に「雑に扱っている」「個々を尊重していない」という印象に繋がりかねない要因でもあります。特にビジネスにおいては、個人の尊重が重要視されるため、無意識に「ら」を使うことで、相手を「その他大勢」扱いしていると受け取られるリスクがあるのです。
「たち(達)」との比較:丁寧さと適用範囲の違い
一方で「たち(達)」は、現代語において最も一般的で、かつ中立的・好意的な複数を表す接尾語です。「子供たち」「先生たち」「私たち」のように、親しみや敬意、あるいはフラットな関係性の中で広く使われます。
「ら」と「たち」の最大の違いは、「丁寧さ」と「対象への心理的距離」にあります。「たち」は対象となる人々全員を、ある程度対等な存在、あるいは尊重すべき存在として認識しているニュアンスがあります。例えば「学生たち」と言えば、そこにいる学生一人ひとりの顔が見えるような印象を与えますが、「学生ら」と言うと、統計上のデータや、管理対象としての集団という無機質な響きが強くなります。
以下の表で、それぞれの特徴を整理しましたので、感覚的な違いを確認してください。
| 比較項目 | 「ら(等)」 | 「たち(達)」 |
|---|---|---|
| 基本的なニュアンス | 客観的、事務的、少し突き放した印象 | 主体的、人間的、親しみや丁寧さがある |
| 丁寧度 | 低め(敬意を含まないことが多い) | 中〜高(日常から丁寧語まで対応) |
| 主な使用シーン | 報道、論文、報告書、身内、敵対関係 | 日常会話、手紙、一般的なビジネスメール |
| 対象の扱い | 「代表者+その他」という括り | 「そのグループ全体」への言及 |
| 使用例 | 被告ら、彼ら、我ら | 子供たち、若者たち、私たち |
なぜ「彼ら」と言ってしまうのか?翻訳調と欧米言語の影響
ビジネス文書や若手の書く文章で「彼ら(They)」という表現が頻出する背景には、翻訳文化の影響が色濃くあります。英語の “They” は単なる三人称複数代名詞であり、そこに敬意や侮蔑のニュアンスは基本的に含まれません。明治以降、欧米の文学や論文を翻訳する過程で、”They” の訳語として「彼ら」が定着しました。
そのため、翻訳調の文章や、論理的な構成を重視する論文、レポートなどでは「彼ら」が違和感なく使われます。しかし、日本語の文脈、特に対人関係を重視する日本的なビジネスコミュニケーションにおいて、目の前にいる相手や話題に出ている第三者を「彼ら」と呼ぶことは、どこか「よそよそしい」あるいは「上から目線」な印象を与えてしまうことがあります。
日本語には本来、厳密な複数形を必須としない性質があります。「社員が参加した」と言えば、それが一人なのか複数なのかは文脈で判断されることが多く、あえて「彼らが」と強調する必要がないケースも多いのです。英語的な思考で「They=彼ら」と自動変換してしまう癖がついていると、日本語としての自然な敬意が損なわれることがあるため注意が必要です。
現代語における「ら」が持つ2つの顔:客観性と軽視(ぞんざいさ)
現代の日本語において、「ら」は非常に興味深い二面性を持っています。一つは、ニュースや公的記録などで求められる「徹底した客観性」です。感情を排し、事実のみを淡々と記述する場合、「たち」のような情緒的な言葉よりも「ら」の乾いた響きが好まれます。「被災者らへの支援」といった表現は、個々の感情に寄り添いつつも、行政的な支援対象としての全体像を示すために使われます。
もう一つの顔は、親しい間柄や、逆に見下している相手に対して使われる「ぞんざいさ(軽視)」です。仲の良い友人同士で「お前ら、元気か?」と言うのは親愛の情の裏返しですが、初対面の人に「お前ら」と言えば喧嘩になります。また、犯罪報道で「容疑者ら」が使われるのは、客観性だけでなく、社会的に非難されるべき対象に対して敬意を払う必要がないという暗黙の了解も働いていると言えるでしょう。
このように、「ら」は使う場面と相手によって、最もフォーマルな言葉にもなれば、最も失礼な言葉にもなり得るという、非常に取扱注意な接尾語なのです。
ビジネスシーンで「ら」を使うのはあり?なし?ケース別判定
前章で「ら」の性質について解説しましたが、読者の皆様が最も知りたいのは「実際の仕事の現場でどうすればいいのか」という点でしょう。上司への報告メール、クライアントへの提案書、社内報の原稿など、ビジネスには様々なシチュエーションがあります。
ここでは、具体的なケースを挙げながら、「ら」を使うことが「あり」なのか「なし」なのか、あるいは「条件付きでOK」なのかを、現役校閲者の判定基準でお伝えします。
【絶対NG】目上の人や取引先に対する「ら」の使用
まず、最も重要なルールをお伝えします。目上の人、上司、取引先、顧客に対して「ら」を使うことは、いかなる場合も避けるべきです。これはビジネスマナーにおけるレッドカードと言っても過言ではありません。
例えば、部長とその部下たちが外出から戻ってきた際、「部長らが戻られました」と報告するのは不適切です。「部長」という敬称をつけていても、「ら」が持つ「その他大勢」「ぞんざいさ」のニュアンスが敬意を打ち消してしまうからです。この場合は「部長たちが」と言うのもやや幼稚に聞こえるため、「部長と皆様が」「部長一行が」などが適切となります。
同様に、取引先の担当者Aさんとそのチームに対して「Aさんら」と呼ぶのも失礼にあたります。メールで「Aさんらが提案してくださった件ですが」と書くと、Aさん以外のチームメンバーを軽視しているように受け取られかねません。ビジネスはチーム戦ですので、特定のリーダー以外を「ら」でまとめてしまうことは、相手チーム全体の心証を損ねるリスクがあります。
【条件付きOK】部下や同僚、身内に対する「ら」
一方で、自分の部下や同僚、あるいは社外に対して自社の人間を指す場合(身内)には、「ら」を使うことが許容される、あるいは適切な場合があります。
例えば、課長であるあなたが、自分の課のメンバーの働きぶりを部長に報告する際、「彼らの頑張りのおかげで目標を達成できました」と言うのは自然です。ここでは「彼ら」という言葉に、部下を客観的に評価する視点と、身内としての謙遜が含まれています。
また、社外の人に対して「担当の佐藤らが対応いたします」と言うのも、身内をへりくだって表現する(謙譲)効果があるため、間違いではありません。ただし、最近のビジネス傾向としては、身内であっても「佐藤たちが」や、単に「担当者が」と言う方が柔らかい印象を与えるため好まれる傾向にあります。
現役日本語校閲者のアドバイス
「社内報の原稿チェックをしていると、若手社員が先輩社員を紹介する記事で『先輩ら』と書いているのをよく見かけ、ヒヤリとします。親しみを込めたつもりでも、文字になると『先輩たち』よりも突き放した印象を与えます。社内であっても、自分より立場が上の人には『ら』を使わないのが安全策です。」
【推奨】客観的な報告書・論文・公的な文書での「ら」
感情を交えず、事実を正確に記録することが求められる文書では、「ら」が積極的に使われます。調査報告書、議事録、論文、契約書などがこれに該当します。
例えば、「アンケートに回答した社員ら200名を対象に分析を行った」という文において、「社員たち」とすると、文章に主観的な温かみが混入し、分析の客観性が損なわれるように感じられます。「ら」を使うことで、対象をドライなデータ群として扱っていることを示唆でき、読み手に「これは事実の報告である」という信号を送ることができます。
このように、ビジネス文書であっても「誰に読ませるか」「何の目的で書くか」によって正解は変わります。相手への敬意を伝える手紙やメールでは「ら」はNGですが、情報を伝達するレポートでは「ら」が推奨されるのです。
ケーススタディ:「社員ら」と「社員たち」の印象の違い
ここでは、同じ状況を描写した二つの文章を比較して、受ける印象がどう変わるかを見てみましょう。広報担当者が、自社のボランティア活動について書いた記事を想定してください。
▼例文比較:広報文における「ら」と「たち」の印象操作(クリックして展開)
例文A(客観・報告):
「当日参加した社員らは、約2時間にわたり公園の清掃活動に従事した。回収されたゴミは45リットル袋で10袋分に達した。」
例文B(情緒・共感):
「当日参加した社員たちは、笑顔で声を掛け合いながら清掃活動を楽しんだ。集まったゴミを見て、みんなで達成感を分かち合った。」
【解説】
例文Aは「活動実績」を株主や外部に報告するための硬い文章です。「社員ら」とすることで、個人の感情よりも「清掃を行ったという事実」と「成果」に焦点が当たっています。
一方、例文Bは社内報や採用ブログなど、社風を伝えるための柔らかい文章です。「社員たち」とすることで、社員一人ひとりの主体性やチームワークの良さが伝わってきます。
このように、同じ「社員」の複数形でも、媒体の目的によって使い分けるのがプロの技です。
「ら」を避けるべき時の「言い換え」表現パターン
「目上の人に『ら』を使ってはいけないことは分かった。では、具体的にどう言い換えればいいのか?」という疑問にお答えします。ビジネス日本語には、相手との関係性や敬意のレベルに合わせて、便利な「複数形の言い換え表現」が豊富に用意されています。これらを使いこなせれば、ワンランク上の知的なビジネスパーソンとして評価されるでしょう。
敬意を表す最上位の複数形:「~方(がた)」「~皆様」
最も丁寧で、誰に対しても失礼にならない表現が「~方(がた)」と「~皆様」です。
- 先生方(せんせいがた):特定の先生だけでなく、その場にいる先生全員に敬意を払う表現。
- お客様方、関係者の皆様:「ら」や「たち」よりも格段に丁寧です。
「彼ら」の代わりに使える敬語表現としては、「あの方々」「そちらの皆様」などがあります。もし、特定の人物Aさんとそのグループを指す場合は、「A様をはじめとする皆様」「A様ならびにご同席の皆様」といった表現を使うと、非常に丁寧で洗練された印象を与えます。
ビジネス文書の定型句:「~各位」「~一同」「~一行」
メールや案内状などの定型的なビジネス文書では、以下のような言葉が「ら」の代わりとして活躍します。
- ~各位(かくい):「関係者各位」「株主各位」のように使います。「各位」自体に「皆様」という意味と敬意が含まれているため、「各位殿」や「各位様」とするのは二重敬語となり誤りですが、最近では慣例的に使われることもあります。基本は「各位」のみでOKです。
- ~一同(いちどう):「社員一同」「有志一同」のように、集団が心を一つにしているニュアンスを出したい時に最適です。
- ~一行(いっこう):「社長一行」のように、移動中の集団や訪問団を指す場合に便利です。「社長ら」と言うよりも公的で整った響きになります。
以下に、相手やシーンに応じた推奨言い換えリストをまとめました。迷った時の参考にしてください。
| 対象 | NG・非推奨表現 | 推奨される言い換え表現 |
|---|---|---|
| 上司・役員 | 社長ら、部長ら | 社長一行、部長をはじめとする皆様、役員の皆様 |
| 取引先・顧客 | 担当者ら、彼ら | ご担当の皆様、〇〇様方、貴社の方々 |
| 不特定多数 | 参加者ら、人々 | 参加者の皆様、ご来場の皆様、多くの方々 |
| 同僚・部下 | あいつら、社員ら | 社員たち、メンバー一同、チームのみんな |
そもそも複数形をつけない選択肢(文脈での判断)
日本語の大きな特徴として、「単数と複数を厳密に区別しなくても文意が通じる」という点があります。無理に「ら」や「たち」をつけようとせず、文脈に任せてしまうのも一つの高度なテクニックです。
例えば、「来客が到着しました」と言えば、それが一人でも複数人でも通用します。「来客らが到着しました」と言う必要はありません。「担当者に確認します」と言えば、担当部署全体に確認するニュアンスを含ませることができます。
現役日本語校閲者のアドバイス
「過剰な敬語や接尾語は、かえって文章を読みづらくします。『お客様らがお見えになりました』とするよりも、『お客様がお見えになりました』とした方が、すっきりとしていて、かつ敬意も損なわれません。複数形をあえて『つけない』という選択肢を常に持っておくと、文章がスマートになりますよ。」
公用文や報道における「ら」の特殊なルール
ここでは少し視点を変えて、新聞記事や法令、公用文などでなぜ「ら」が多用されるのか、その背景にあるルールについて解説します。これを知っておくと、ビジネス文書を作成する際にも「なぜここでは『ら』を使うべきなのか」という根拠が明確になります。
新聞・ニュースで「容疑者ら」「被告ら」が使われる理由
新聞やテレビのニュースで「A容疑者ら3人が逮捕されました」といった表現を耳にすることがあると思います。なぜ「容疑者たち」と言わないのでしょうか。
最大の理由は、報道機関に求められる「中立性」と「正確性」です。「たち」には前述の通り、対象への親愛や同情、あるいは書き手の主観的な感情が乗りやすい性質があります。犯罪報道において、容疑者に対して親愛の情を示すのは不適切ですし、逆に過度に敵対視するのも中立性を欠きます。そこで、最も無機質で感情色のない「ら」が採用されるのです。
また、字数制限の厳しい新聞紙面において、「たち(2文字)」よりも「ら(1文字)」の方がスペースを節約できるという実務的なメリットもあります。
公用文作成の要領における「等(とう・ら)」の規定
国の行政機関が作成する文書(公用文)には、「公用文作成の要領」というルールブックが存在します。この中では、複数を表す場合や、例示を行う場合に「等」を用いることが規定されています。
公用文では「等」を「とう」と読むか「ら」と読むかによって、意味範囲が厳密に異なる場合があります。
一般的に、
・「等(とう)」:例示の意味合いが強い。「文房具等(文房具やその他の事務用品)」
・「等(ら)」:人を表す名詞に付いて複数を表す。「職員等(職員ら)」
と使い分けられますが、ひらがなで「ら」と書く場合は、よりソフトな印象を与えるため、広報文などで好まれる傾向にあります。
「代表者+その他」を表す場合の「ら」の便利機能
法令や契約書において、「甲ら」や「債権者ら」という表現が出てくることがあります。これは、複数の当事者がいる場合に、全員の名前を列挙するのが煩雑であるため、代表者一名の名前を挙げ、残りを「ら」で包括するという法的な省略技法です。
この場合の「ら」は、単なる複数形というよりも、「法的効力が及ぶ範囲」を定義するための記号に近い役割を果たしています。ビジネスにおける契約書作成などでも、この用法は頻出しますので、違和感を持たずに「そういう専門用語なのだ」と理解しておくと良いでしょう。
場所や時間を表す「ら」の用法とニュアンス
「ら」は人以外にも、場所や時間を表す言葉に付くことがあります。「ここら」「そこら」「今ら」といった表現です。これらはビジネス文書で使われることは稀ですが、同僚との会話や、少しくだけたエッセイ的な文章では効果的なスパイスとなります。
およその場所・時を示す「ここら」「今ら(今しがた)」
「ここら」は「このあたり」、「そこら」は「そのあたり」を意味します。「ここらで一休みしましょうか」という表現は、「この場所で」という物理的な意味と、「今のタイミングで」という時間的な意味の両方を含み、非常に便利です。
また、方言や古風な言い回しとして「今ら(いましがた)」という表現もありますが、現代の標準的なビジネス会話ではあまり通じない可能性があるため、「さきほど」「つい今しがた」と言い換えるのが無難です。
「ここらで」に込められる親愛やくだけたニュアンス
「この辺で休憩しましょう」と言うよりも、「ここらで休憩しましょう」と言った方が、どこか親しみやすく、肩の力が抜けた印象を与えます。「ら」が持つ「曖昧さ」が、相手に対する強制力を弱め、提案を受け入れやすくする効果があるからです。
ただし、これはあくまで親しい間柄や、場の空気を和ませたい時に使うテクニックです。初対面の取引先に対して「ここらで本題に入りましょう」と言うと、馴れ馴れしすぎると捉えられるリスクがありますので注意しましょう。
自分自身に使う「ら」:謙遜と卑下の表現
最後に、自分自身や自社側を指す場合の「ら」について触れておきます。「僕ら」「私ら(わてら)」といった表現です。
「私ら(わてら)」に見る謙遜と親しみ
「私らのような若輩者が…」というように、自分たちをあえて「ら」付けで呼ぶことで、自分を低く見せる(卑下する)効果があります。これは謙譲語の一種として機能し、相手を立てるニュアンスを醸し出します。
関西弁の「わてら」や、職人が使う「俺ら」には、謙遜の中に強い仲間意識やプライドが含まれていることもあり、言葉の味わい深い部分です。
ビジネスで自社側を指す時は「我々」「私たち」がベター
しかし、現代の標準的なビジネスシーンでは、自分たちを卑下しすぎるのも考えものです。「私ら」と言うと、どうしても洗練されていない、あるいは田舎っぽい印象を与えてしまうことがあります。
自社や自分のチームを指す場合は、堂々と「私たち」あるいは「我々(われわれ)」を使うのがベストです。「我々」は少し硬い表現ですが、プレゼンテーションなどで強い意志を示したい時には効果的です。「当社」や「弊社」という言葉とうまく組み合わせて使いましょう。
現役日本語校閲者のアドバイス
「一人称複数形の選び方は、その組織の『品格』を決定づけます。ベンチャー企業が『僕ら』と言うのは若々しさの演出としてアリですが、歴史ある企業が公式の場で『僕ら』と言うと軽すぎます。迷ったら『私たち』が最も中立的で、かつ誠実な印象を与えます。」
よくある質問(FAQ)
最後に、「ら」と「たち」の使い分けに関して、私がよく受ける質問とその回答をまとめました。細かい疑問を解消して、スッキリとした気持ちで言葉を選べるようになりましょう。
Q. 「子供ら」と「子供たち」はどちらが良いですか?
A. 文脈によりますが、基本は「子供たち」を推奨します。
教育日誌や行政の統計データなどで、児童を管理対象として客観的に記述する場合は「子供ら」が使われることもあります。しかし、保護者向けのお便りや、子供の成長を願うような文脈で「子供ら」と書くと、愛情が感じられない冷たい文章になってしまいます。「子供たち」と書くことで、一人ひとりの子供を大切に思っている姿勢が伝わります。
Q. 「これら」はモノに対して使っても失礼になりませんか?
A. モノに対する「これら」は全く問題ありません。
「これらの資料をご覧ください」「それらの点について検討します」といった使い方は、ビジネスでも論文でも頻繁に使われる正しい表現です。モノに対しては敬意を払う必要がない(丁寧語は必要ですが、尊敬語は不要)ため、「ら」が持つ客観的なニュアンスが非常にマッチします。「これたち」とは言いませんので、モノの複数は「これら」「それら」一択だと考えて大丈夫です。
Q. 古文の助動詞「ら」と現代語の「ら」は関係ありますか?
A. 言葉のルーツとしては繋がっていますが、機能は別物です。
古文には完了の助動詞「り」の未然形としての「ら」などが存在しますが、現代語の接尾語「ら」とは使い方が異なります。現代ビジネスにおいて古文の知識が必要になることは稀ですので、「現代語の『ら』は複数を表す」とシンプルに捉えておけば問題ありません。語源を知るよりも、現代における「相手に与える印象」に敏感になる方が実務的です。
まとめ:TPOに合わせて「ら」と「たち」を使いこなそう
ここまで、「ら」と「たち」の違い、そしてビジネスにおける使い分けについて解説してきました。たった一文字の違いですが、そこには「客観性か、主体性か」「区別か、親愛か」という大きな意味の隔たりがあることをご理解いただけたでしょうか。
最後に、今回のポイントをチェックリストとしてまとめました。文章を書いた後、送信ボタンを押す前に、ぜひこのリストで確認してみてください。
- 目上の人や取引先に対して「彼ら」「〇〇さんら」を使っていないか?(→「皆様」「方々」に修正)
- 部下や同僚を指す時、冷たい印象になっていないか?(→「たち」や「メンバー」に修正を検討)
- 客観的な報告書なのに「たち」を多用して、情緒的になりすぎていないか?(→「ら」で引き締める)
- 「これら」「それら」など、モノに対する指示代名詞は適切に使えているか?
- 自分たちを指す言葉は、組織の品格に合っているか?(→「私たち」「我々」が無難)
現役日本語校閲者のアドバイス
「言葉選びに迷った時、立ち返るべき原則は『相手への敬意』と『伝える目的』です。ルールを丸暗記するのではなく、『この表現で相手はどう感じるだろうか?』と一瞬立ち止まって想像する力こそが、あなたのビジネスコミュニケーションを支える最大の武器になります。ぜひ今日から、意識してみてください。」
言葉は生き物であり、関係性の中で意味が変わります。「ら」と「たち」を適切に使い分け、あなたの誠実さと知性が伝わる文章を目指してください。
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