「愛猫が可愛すぎて、思い切りつねってしまいたくなる」「赤ちゃんのほっぺたを、跡がつくくらい噛みつきたい」……。愛する対象に対して、なぜか湧き上がってくる攻撃的な衝動に、あなたも悩んでいませんか?
結論から申し上げます。「可愛すぎて食べちゃいたい」「押しつぶしたい」というその衝動は、脳が感情のバランスを保とうとする正常な反応(二形性表現)であり、決して病気ではありません。多くの人が密かに抱えている、愛情の裏返しとも言える自然な心理現象なのです。
この記事では、現役の臨床心理士である筆者が、その脳科学的なメカニズムと、愛する対象を傷つけないための具体的なコントロール方法を徹底解説します。あなたのその不安を解消し、溢れる愛情と正しく向き合うための手助けとなるでしょう。
この記事でわかること
- 「可愛すぎて攻撃したい」衝動が起きる脳科学的な理由とメカニズム
- 正常な反応と、注意が必要な「本当の攻撃性」との明確な境界線
- 衝動が抑えられない時に、心を落ち着かせる5つの実践的対処法
「可愛すぎていじめたい」は病気?キュートアグレッションの正体
あなたが今感じている「可愛すぎてどうにかなりそう」「いじめてしまいたい」という感覚。これは決して異常なことでも、あなたが残酷な人間だからでもありません。心理学の世界では、この現象に明確な名前が付けられており、広く研究されている一般的な心理状態なのです。
多くの人が、自分の内側に湧き上がるこの攻撃的な衝動に戸惑い、「自分は精神的にどこかおかしいのではないか?」「いつか本当に虐待をしてしまうのではないか?」という深い不安を抱えています。しかし、まずは安心してください。この衝動は、脳が正常に機能している証拠でもあるのです。
現役臨床心理士のアドバイス
「私のカウンセリングルームにも、『ペットを強く抱きしめすぎて嫌がられる』『子供の寝顔を見ているとつねりたくなる』と、涙ながらに相談に来られる方が大勢いらっしゃいます。皆さん、ご自身の愛情の深さに脳が追いつかず、混乱しているだけなのです。罪悪感を抱く必要はありません。それは『愛情の裏返し』という言葉では片付けられないほど、強烈で純粋なエネルギーの表れなのですから。」
キュートアグレッション(Cute Aggression)の定義と意味
キュートアグレッション(Cute Aggression)とは、日本語で「可愛いものへの攻撃性」と訳される心理学用語です。人間は、赤ちゃんや小動物など、圧倒的に「可愛い」と感じる対象を目にした際、守りたいというポジティブな感情と同時に、つねる、噛む、強く握りしめるといった擬似的な攻撃衝動を抱くことがあります。この矛盾した心理状態こそがキュートアグレッションの正体です。
この言葉は、2013年にイェール大学の心理学者たちによって提唱されました。彼らは、人間が「可愛さ」という刺激に対して、単に「愛しい」と感じるだけでなく、なぜか「攻撃的」な反応を示すことに着目しました。重要なのは、この攻撃性が「相手を傷つけたい」「苦しめたい」という真の加害意図(悪意)とは根本的に異なるという点です。
例えば、「可愛すぎて食べちゃいたい」という表現は、古くから多くの文化圏で使われてきました。これは文字通り捕食したいわけではなく、対象との境界線をなくしたい、あるいはその存在に圧倒されていることを示す比喩的な表現として定着しています。キュートアグレッションは、この感覚が脳内で化学反応として起きている状態と言えるでしょう。
「Playful Aggression(遊び心のある攻撃性)」とも呼ばれる理由
この現象は、別名「Playful Aggression(遊び心のある攻撃性)」とも呼ばれます。社会的な交流や親密な関係性の中で見られる、じゃれ合いの一種として捉えられるためです。
犬や猫などの動物も、親愛なる仲間や飼い主に対して「甘噛み」をすることがあります。本気で噛みつけば相手を傷つける力があるにもかかわらず、手加減をして歯を当てる行為は、信頼関係の確認や遊びへの誘いを意味します。人間のキュートアグレッションもこれに近い側面があります。
特に、恋愛関係や親子関係において、相手の頬を軽くつねったり、二の腕を噛んだり、強く抱きしめて動きを封じたりする行為は、相手への支配欲求というよりも、「親密さの確認」や「高ぶる感情の発散」として機能しています。つまり、攻撃的な行動の形をとってはいますが、その動機はあくまで「遊び心」や「親愛の情」に基づいているのです。
イェール大学の研究で判明した「愛情」と「攻撃性」の密接な関係
「可愛い」と「攻撃」という、一見相反する感情がなぜ結びつくのか。この謎を解明するために、イェール大学の研究チームは興味深い実験を行いました。
実験では、被験者たちに「可愛い動物の画像」「面白い画像」「普通の画像」などを見せながら、手元にエアパッキン(いわゆるプチプチ)を持たせました。そして、画像を見ている間の感情の高ぶりとともに、どれくらいの強さでエアパッキンを潰すかを測定したのです。
Callout (Info)|イェール大学の研究概要
研究の結果、被験者たちは「可愛い動物の画像」を見ている時ほど、無意識のうちにエアパッキンを強く、そして数多く潰していることが判明しました。
- 通常の画像を見た時: プチプチを潰す回数は平均的で、力も弱い。
- 可愛い画像を見た時: プチプチを潰す回数が激増し、指先に強い力が込められていた。
この実験データは、視覚的な「可愛さ」の刺激が、直接的に物理的な「攻撃的動作(握る、潰す)」を引き起こすことを科学的に裏付けています。つまり、私たちは可愛いものを見ると、本能的に身体に力が入り、何かを破壊したり圧力をかけたりする準備状態に入ってしまうのです。
この研究により、キュートアグレッションは個人の性格の問題ではなく、人間の脳に普遍的に備わっている反応プログラムであることが明らかになりました。「可愛すぎておかしくなりそう」という感覚は、脳科学的に見ても正しい反応だったのです。
なぜ攻撃したくなる?脳科学で解明された「二形性表現」のメカニズム
前章では、キュートアグレッションが一般的な現象であることを解説しました。では、なぜ私たちの脳は、「守りたい」はずの対象に対して「攻撃したい」という矛盾した指令を出すのでしょうか?
その鍵を握るのが、心理学用語で「二形性表現(Dimorphous Expression)」と呼ばれるメカニズムです。これは、脳が感情の暴走を防ぎ、システムダウンを回避するための高度な安全装置とも言える機能です。
感情の暴走を防ぐ脳のブレーキ機能「二形性表現」とは
二形性表現とは、ある強い感情が発生した際に、それとは正反対の感情表現を表出することを指します。簡単に言えば、ポジティブな感情が限界を超えた時に、ネガティブな反応を混ぜることで、感情の総量を調整しようとする働きです。
私たちの脳は、極端な感情の揺れ動きをストレスとして認識します。たとえそれが「最高の喜び」や「圧倒的な可愛さ」といったポジティブなものであっても、度を超えた興奮状態は身体にとって負担となり、判断力や身体機能の制御に支障をきたす恐れがあります。そこで脳は、あえて逆方向の刺激(攻撃性や悲しみなど)を投入し、急激に高まったエネルギーを相殺して、平常心(ホメオスタシス)を取り戻そうとするのです。
嬉しいのに涙が出る?「ポジティブ」と「ネガティブ」が同居する矛盾
二形性表現は、キュートアグレッション以外にも私たちの日常の様々な場面で見られます。最も分かりやすい例が「嬉し泣き」です。
本来、「泣く」という行為は悲しみや苦痛といったネガティブな感情に伴う反応です。しかし、人生最高の幸せを感じた時(例えば、結婚式やスポーツでの優勝、待望の再会など)、私たちは笑顔ではなく涙を流すことがあります。これは、「喜び」というポジティブな感情が許容量を超えたため、脳が「悲しみ」の表現である涙を使って急速にクールダウンを図っている状態なのです。
▼詳細解説:感情の二形性表現メカニズムのフロー
脳内で起きている処理の流れを簡略化すると、以下のようになります。
| ステップ | 脳内の状態 | 具体的な反応 |
|---|---|---|
| 1. 刺激の入力 | 可愛い対象(赤ちゃん、ペット)を目にする。 | 視覚野から情報が入力される。 |
| 2. 感情の爆発 | 「可愛い!」というポジティブ感情が限界突破。 | 報酬系回路が活性化し、ドーパミンが大量放出される。 |
| 3. 脳のパニック | 「このままでは興奮しすぎて危険」と判断。 | 感情の制御不能(圧倒された状態)に陥る。 |
| 4. ブレーキ発動 | バランスを取るため、逆の感情(攻撃性)を投入。 | 「つねる」「噛む」「叫ぶ」といった攻撃的衝動が発生(これがキュートアグレッション)。 |
| 5. 鎮静化 | ポジティブとネガティブが相殺され、平常心へ。 | 落ち着きを取り戻し、適切にケア(世話)ができる状態に戻る。 |
逆に、あまりに悲しい出来事に遭遇した時に、笑いがこみ上げてくる(絶望的な状況での乾いた笑い)のも、この二形性表現の一種と考えられています。脳は常に、私たちが感情の波に溺れてしまわないよう、必死にバランスを取っているのです。
ドーパミン(快楽物質)の過剰分泌と制御不能な興奮状態
脳科学的な視点で見ると、キュートアグレッションの背景には神経伝達物質「ドーパミン」の過剰分泌が関わっています。
可愛いものを見ると、脳の「報酬系」と呼ばれる部位(側坐核など)が強く刺激されます。ここは、美味しいものを食べた時やギャンブルで勝った時など、快楽を感じる時に活性化する場所です。赤ちゃんやペットの「ベビーシェマ(大きな目、丸い体などの身体的特徴)」は、人間の報酬系を強烈に刺激し、大量のドーパミンを放出させます。
このドーパミンの放出量が多すぎると、脳は「制御不能な興奮状態」に陥ります。まるでアクセルを踏みっぱなしにした車のような状態です。このままでは適切な判断ができず、例えば「赤ちゃんを優しく抱く」という微細な力加減のコントロールさえ難しくなる可能性があります。
そこで脳は、強制的にブレーキをかけるために「攻撃衝動」という強いエネルギーを使い、ドーパミンの嵐を鎮めようとします。つまり、あなたが「つねりたい!」と感じるのは、脳が「これ以上興奮すると、ちゃんと赤ちゃんのお世話ができなくなるよ! 落ち着いて!」と必死に指令を出しているサインなのです。
現役臨床心理士のアドバイス
「『自分の性格が攻撃的だから』と悩む方が多いですが、実際は逆です。脳があなたを守ろうとしている、いわば『安全装置』が作動しているのです。その衝動は、あなたが対象の可愛さに『圧倒されすぎないように』するための、脳の知恵だと言えます。そう考えると、自分の脳が少し愛おしく思えてきませんか?」
誰にでも起こりうる?キュートアグレッションを感じやすい対象と心理
この不思議な衝動は、特定の人だけに起こるものではありません。対象への愛情が深ければ深いほど、誰にでも起こりうる現象です。ここでは、特にキュートアグレッションを感じやすい具体的な対象と、その時の心理状態について深掘りしていきます。あなたにも思い当たる節があるはずです。
【ペット(犬・猫)】「吸いたい」「噛みたい」は信頼と庇護欲の証
ペットオーナーの間でよく聞かれるのが、「猫のお腹に顔を埋めて吸いたい(猫吸い)」「犬の肉球や耳を甘噛みしたい」という衝動です。ペットは人間にとって、無条件の愛を注げる存在であり、その無防備な姿は強烈な庇護欲(守ってあげたい欲求)をかき立てます。
特に、ペットが安心しきって無防備にお腹を見せて寝ている姿などを見ると、その「弱さ」と「愛らしさ」のギャップに脳が耐えきれなくなります。「こんなに無防備で、私が守らなければ死んでしまう」という強い責任感と愛情が入り混じり、その存在を物理的に確かめるために「吸う」「噛む」という接触行動に出たくなるのです。
▼筆者の体験談:愛猫への衝動と葛藤
私自身、臨床心理士として人の心のケアをする立場にありますが、自宅に帰れば一人の猫飼いです。愛猫が喉をゴロゴロ鳴らしながら私の膝の上で眠っている時、そのあまりの愛らしさに、時折どうしようもない衝動に駆られます。
「このまま強く抱きしめて、押しつぶしてしまいたい」
一瞬、自分の腕に力が入りそうになり、ハッとします。そんな時は、すぐに猫から少し顔を離し、大きく深呼吸をして、「可愛いね、大好きだよ」と言葉に出すようにしています。専門家である私でさえ、理性のタガが外れそうになる瞬間があるのです。それほどまでに、愛する存在のパワーは凄まじいものだと実感しています。
【赤ちゃん・子供】ほっぺを「つねりたい」衝動と無力なものへの愛着
人間の赤ちゃんや小さな子供に対しても、同様の衝動が起こります。「ぷにぷにのほっぺたをつねりたい」「二の腕をハムっとしたい」「お尻を叩きたくなる」といった感覚です。
これは進化心理学的にも説明がつきます。赤ちゃんは一人では生きていけず、周囲の大人に世話をしてもらうために、あえて「守りたくなる」外見(ベビーシェマ)をしています。大人はその可愛さに強力に惹きつけられますが、同時に「絶対に守らなければならない」という重圧も感じます。
この「可愛さへの没入」と「ケアへの責任感」の葛藤が、皮膚をつねったり軽く噛んだりするような、擬似的な攻撃行動として表出するのです。海外では「I could eat you up!(食べちゃいたいくらい可愛い!)」という表現が日常的に使われますが、これも捕食行動ではなく、究極の親愛表現として定着しています。
【推し活】「尊すぎて辛い」「無理」感情のキャパシティオーバー
近年、特に若い世代を中心に増えているのが、アイドルやアニメキャラクターなどの「推し」に対するキュートアグレッションです。「尊い」「無理」「しんどい」といった言葉と共に、「壁を殴りたい」「叫び出したい」「めちゃくちゃにしたい」という過激な表現がSNS上で見られます。
推し活における感情は、一方的かつ理想化された愛情であるため、現実の対人関係よりも純度が高く、熱狂的になりがちです。画面越しやステージ上の推しがあまりにも魅力的すぎると、ファンはその魅力を受け止めきれず、感情のキャパシティオーバー(容量超過)を起こします。
その結果、行き場を失ったエネルギーが「攻撃的な言葉」や「破壊的な衝動(手元のクッションを投げるなど)」として噴出するのです。これは、対象に物理的に触れられないもどかしさも相まって、より激しい反応となる傾向があります。
キュートアグレッションを感じやすい人の性格的特徴
キュートアグレッションは誰にでも起こり得ますが、特に以下のような性格傾向を持つ人に強く現れることが分かっています。
- 共感性が高い人: 他者の感情や、対象の可愛さを敏感に察知し、深く感情移入できる人。
- 感情表現が豊かな人: 喜びや悲しみをストレートに表現するタイプ。感情の波が大きい分、二形性表現も起こりやすい。
- 感受性が鋭い人: 映画や音楽で感動して泣きやすい人などは、脳が感情のバランスを取る頻度が高いため、この現象も経験しやすい傾向にあります。
【セルフチェック】正常な衝動と注意が必要な「危険な攻撃性」の境界線
ここまで「キュートアグレッションは正常な反応である」と解説してきましたが、ここで最も重要な点に触れなければなりません。それは、「正常なキュートアグレッション」と「本当に危険な攻撃性(虐待やサディズム)」の境界線についてです。
多くの人が不安に感じるのは、「この衝動がエスカレートして、本当に相手を傷つけてしまったらどうしよう」という点でしょう。ここでは、専門家の視点からその見分け方を明確にします。
現役臨床心理士のアドバイス
「私がカウンセリングの現場で『正常な葛藤』と『支援が必要なケース』を見分けるポイントは、衝動の後の『感情の戻り方』と『自制心』です。キュートアグレッションを感じる人の99%は、相手を傷つけることを極端に恐れています。その『恐れ』や『罪悪感』があること自体が、あなたが正常である何よりの証拠なのです。」
危害を加えたいわけではない?「加害欲求」と「親和的動機」の違い
まず、動機の部分で大きな違いがあります。
- キュートアグレッション(親和的動機):
根底にあるのは「愛情」「親密になりたい」「守りたい」というポジティブな感情です。攻撃的な衝動はあくまで「可愛さへの反応」として二次的に発生したものであり、相手に苦痛を与えることが目的ではありません。 - 真の攻撃性(加害欲求):
相手を支配したい、苦しむ姿を見たい、自分のストレスをぶつけたいというネガティブな動機に基づいています。相手が嫌がったり泣いたりすることに快感を覚える場合、これはキュートアグレッションではありません。
本当に危険なサインとは(サディズム、虐待傾向との見分け方)
もし、以下の兆候が見られる場合は、キュートアグレッションの枠を超えている可能性があります。その場合は、専門機関への相談が必要です。
- 相手の苦痛に興奮する: 相手が痛がったり、怯えたりする反応を見て、さらに興奮が高まる(サディズム的傾向)。
- 衝動を止められない: 「やめなければ」と思っても身体が動いてしまい、実際に相手に怪我をさせてしまうことが繰り返される。
- 罪悪感がない: 相手を傷つけた後に、「相手が悪い」「しつけだ」などと正当化し、反省や後悔の念が湧かない。
- 対象が可愛くない時も攻撃したくなる: 相手が泣き止まない時や、言うことを聞かない時など、イライラした状況でのみ攻撃衝動が出る場合は、単なる「怒り」や「虐待」のリスクがあります。
精神疾患(強迫性障害など)が関係している可能性について
稀なケースですが、「加害恐怖」と呼ばれる強迫性障害(OCD)の一種で、「自分は相手を傷つけてしまうのではないか」というイメージが頭から離れず、過度な不安を感じる場合があります。この場合、実際には攻撃するつもりは全くないのに、不安だけが暴走して生活に支障をきたします。
キュートアグレッションによる一瞬の衝動とは異なり、四六時中その不安に苛まれるようであれば、心療内科や精神科での相談を検討しても良いでしょう。
Checklist here|キュートアグレッション安全度チェック
あなたの衝動が正常の範囲内か、以下のリストで確認してみてください。全てにチェックがつけば、まず問題ありません。
- □ 衝動を感じた後、すぐに「可愛い」という愛情の感情に戻ることができる。
- □ 実際に相手を傷つけないよう、力加減をコントロールできている(寸止めができる)。
- □ 相手が嫌がる素振りを見せたら、すぐにハッとしてやめることができる。
- □ 衝動の根底には「愛おしさ」があると感じられる。
- □ 相手に怪我をさせたり、トラウマを与えたりしたことは一度もない。
衝動をコントロールして対象を守る!専門家おすすめの対処法5選
「病気ではない」と分かっても、やはり「つねりたい」「噛みたい」という衝動に振り回されるのは辛いものです。また、万が一の手元狂いを防ぐためにも、適切なコントロール方法を知っておくことは大切です。
ここでは、脳の興奮を鎮め、愛する対象を守りながら自分自身の心も楽にするための、5つの実践的な対処法を紹介します。
1. 物理的な距離を一時的に置く「タイムアウト法」
最も即効性があり、確実な方法は「物理的に離れる」ことです。これを心理学的な行動療法で「タイムアウト」と呼びます。
「可愛い! 無理!」と衝動がピークに達したと感じたら、何も考えずにその場から立ち去りましょう。トイレに行く、別の部屋で水を飲む、窓を開けて外の空気を吸うなど、数分間対象が見えない環境に身を置くだけで、脳のドーパミンレベルは急速に下がります。
「逃げる」ことは悪いことではありません。お互いの安全を守るための、勇気ある撤退です。
2. 深呼吸と筋弛緩法で脳の興奮をクールダウンさせる
興奮状態の時、身体は無意識に緊張し、呼吸が浅くなっています。意識的に身体をリラックスさせることで、脳に「もう興奮しなくていい」という信号を送り返しましょう。
おすすめは「漸進的筋弛緩法(ぜんしんてききんしかんほう)」の簡易版です。
- まず、両手の拳をギュッと強く握りしめ、肩をすくめて全身に力を入れます(5秒間)。
- 次に、一気に脱力して、身体の力が抜ける感覚を味わいます(10秒間)。
- これを2〜3回繰り返しながら、深くゆっくりとした呼吸を行います。
これにより、副交感神経が優位になり、衝動的な感情がスッと引いていくのを感じられるはずです。
3. 代替行動をとる(クッションを強く握る、タオルを噛む)
湧き上がった攻撃エネルギーは、無理に消そうとするよりも、安全な対象にぶつけて発散させる方が健全です。
ペットや赤ちゃんをつねりたくなったら、代わりに手元のクッションを全力で握りしめてください。「噛みたい」衝動がある場合は、清潔なタオルを噛むのも有効です。これを「置き換え(Sublimation)」と呼びます。脳は「何かを強く握る」という行為自体ができれば、対象が赤ちゃんであろうとクッションであろうと、ある程度の満足感を得て鎮静化します。
4. 「可愛い!」と言葉に出してエネルギーを発散する(言語化の効果)
感情を言葉(音)にして外に出す「言語化」は、カタルシス効果(心の浄化作用)をもたらします。
心の中で「うわーっ!」となっている状態を、そのまま「可愛いー!」「もう最高!」と大きな声に出してみましょう。可能であれば、SNSに「尊すぎて辛い」と書き込むのも一つの手です。言葉としてアウトプットすることで、脳内の情報処理が整理され、衝動という形での暴走を防ぐことができます。
現役臨床心理士のアドバイス
「感情は水と同じで、溜め込めば溜め込むほど圧力が高まり、いつか決壊します。安全な形で『出し切る』ことが重要です。独り言でも構いません。自分の感情を実況中継するように言葉にすることで、客観的な視点を取り戻すことができますよ。」
5. 相手(ペットや子供)のストレスサインを知り、理性のスイッチにする
相手の立場に立って考えることも、ブレーキとして有効です。特にペットの場合、人間が愛情だと思ってやっている行動(強い抱擁など)が、実は大きなストレスになっていることがあります。
- 猫のストレスサイン: 耳を伏せる、尻尾をバタバタ振る、瞳孔が開く。
- 犬のストレスサイン: あくびをする、唇を舐める、視線を逸らす。
これらのサインを知識として知っておくことで、「あ、今嫌がっているな。やめよう」と理性的な判断(前頭葉の働き)を呼び起こすスイッチにすることができます。「愛する相手を不快にさせない」という目的意識を持つことが、自制心を支える柱となります。
キュートアグレッションに関するよくある質問 (FAQ)
最後に、キュートアグレッションに関してよく寄せられる質問にお答えします。ネット上の情報に惑わされず、正しい知識を持ち帰りましょう。
Q. キュートアグレッションは治す必要がありますか?
A. 基本的には治す必要はありません。
これまで解説した通り、これは脳の正常な機能です。生活に支障がなく、実際に対象を傷つけていないのであれば、治療の対象にはなりません。「自分は愛情深い人間なんだ」と受け入れてあげてください。ただし、衝動が抑えきれずに対象に怪我をさせてしまう場合や、その衝動によってご自身が強い苦痛を感じている場合は、カウンセリングなどの専門機関を利用することをお勧めします。
Q. 男性よりも女性の方がなりやすいですか?
A. 性別による明確な差はないとされていますが、表現の仕方に違いがある可能性があります。
研究によっては、女性の方が「可愛い」という刺激に対して感情反応が強く出る傾向があるとも言われますが、男性でもペットや我が子に対して強いキュートアグレッションを感じる人は大勢います。男性の場合、「攻撃性」を表に出すことに社会的抵抗感があり、自覚しにくい(または言葉にしにくい)だけかもしれません。
Q. サイコパスとは違うのですか?
A. 全く異なります。
サイコパス(反社会性パーソナリティ障害など)の特徴の一つは「共感性の欠如」です。相手の痛みや感情に対する想像力が著しく低い状態を指します。一方、キュートアグレッションは「可愛さへの過剰な共感」や「感情の昂ぶり」から生じるものです。つまり、相手への共感性が高すぎるがゆえの反応であり、サイコパスとは真逆の心理メカニズムと言えます。
現役臨床心理士のアドバイス
「インターネット上には、極端な意見や不安を煽るような情報が溢れています。『自分はサイコパスかも』と検索して不安になる前に、まずは目の前の愛する対象と、あなた自身の『守りたい』という優しい気持ちを信じてください。」
まとめ:その衝動は「愛」です。正しい知識で自分と相手を守りましょう
「可愛すぎて攻撃したくなる」というキュートアグレッションについて、その正体と対処法を解説してきました。最後に、この記事の要点を振り返ります。
- キュートアグレッションは、脳が感情のバランスを取るための正常な反応(二形性表現)であり、病気ではありません。
- ドーパミンが過剰分泌された脳を鎮めるための、いわば「安全装置」です。
- ペットや赤ちゃん、推しなど、愛情が深ければ深いほど強く現れます。
- 「相手を傷つけたいわけではない」という自覚と自制心があれば、危険な攻撃性とは別物です。
- 衝動が強すぎる時は、物理的に距離を置く、深呼吸する、代替行動をとるなどの対処法でクールダウンしましょう。
あなたが日々感じているその衝動は、決して恥ずべきものでも、恐れるべきものでもありません。それは、あなたが対象を心から愛し、その魅力に圧倒されるほど純粋な感受性を持っていることの証明です。
どうか自分を責めず、その溢れ出るエネルギーを「適切な形」で発散させてあげてください。脳の仕組みを理解し、上手な付き合い方さえ知っていれば、キュートアグレッションはあなたの愛情の深さを彩る、一つのスパイスになるはずです。今日から、衝動を感じたら深呼吸をして、「ああ、私はいま、脳がパニックになるほど愛しているんだな」と、自分自身を認めてあげてくださいね。
現役臨床心理士のアドバイス
「愛情は時として、私たちの小さな器(心)からはみ出してしまうほど大きなものです。こぼれ落ちた分が少し乱暴な形になっても、それは愛の一部。大切なのは、その激しさを知った上で、優しく手綱を握ってあげることです。あなたと、あなたの大切な存在が、これからも穏やかで愛に満ちた時間を過ごせますように。」
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