近年、ビジネスの現場において「SaaS(サース)」という言葉を耳にしない日はありません。しかし、「クラウドやASPと何が違うのか?」「IaaSやPaaSとの区別がつかない」と悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
結論から申し上げますと、SaaS(サース)とは、インターネット経由でソフトウェア機能を利用するクラウドサービスのことです。従来のパッケージソフトのようにCD-ROMをPCにインストールする必要がなく、必要な機能を必要な分だけ、月額制などのサブスクリプション形式で手軽に利用できるのが最大の特徴です。
本記事では、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進を支援してきた専門家の視点から、以下の3点を中心に徹底解説します。
- SaaS・PaaS・IaaSの違いが「ピザの例え」で直感的にわかる図解解説
- ビジネスでSaaSを導入する具体的なメリットと、見落としがちなデメリット
- 失敗しないSaaS選定のポイントと、明日から使える代表的なサービス事例
この記事を読み終える頃には、単なる言葉の意味だけでなく、自社の課題解決に最適なSaaSを選び抜き、上司やチームメンバーにその価値を論理的に説明できる状態になっているはずです。
SaaS(サース)とは?初心者でもわかる基礎知識
このセクションでは、SaaSという言葉の定義から、なぜこれほどまでにビジネスの標準となったのか、その背景と仕組みについて、ITの専門知識がない方にもわかりやすく解説します。
SaaSの意味と仕組み(インストール不要の理由)
SaaSは「Software as a Service」の略称で、日本語では「サービスとしてのソフトウェア」と訳されます。読み方は一般的に「サース」または「サーズ」と呼ばれます。従来、ソフトウェアといえば、家電量販店で箱に入ったパッケージを購入し、自分のパソコンにディスクを入れてインストールして使う「モノ」として扱うのが一般的でした。
しかし、SaaSはその概念を根底から覆しました。ソフトウェアは自分のパソコンの中にあるのではなく、インターネットの向こう側にあるサーバー(クラウド上)で動いています。ユーザーは、Webブラウザや専用アプリを通じて、インターネット経由でその機能だけを「利用」します。
この仕組みにより、ユーザーは面倒なインストール作業や、バージョンアップのための買い替え作業から解放されました。IDとパスワードさえあれば、会社のパソコンでも、自宅のタブレットでも、移動中のスマートフォンでも、全く同じデータにアクセスし、同じ作業を行うことができます。データはすべてクラウド上に保存されるため、パソコンが故障してもデータが消える心配がありません。
例えば、以前はメールソフトをパソコンにインストールしてメールを管理していましたが、現在多くの人が利用しているGmailなどのWebメールは、まさにSaaSの代表例です。インターネットさえ繋がればどこからでもメールチェックができる、この利便性こそがSaaSの本質です。
なぜ今SaaSが主流なのか?(パッケージ版・オンプレミスからの変化)
なぜ、多くの企業が従来の「パッケージ版」や自社サーバーで運用する「オンプレミス」から、SaaSへと移行しているのでしょうか。その最大の理由は、ビジネス環境の変化のスピードに対応するためです。
かつてのオンプレミス環境では、システムを導入するためにサーバー機器を購入し、設置場所を確保し、ソフトウェアをインストールして設定するという、数ヶ月単位の準備期間が必要でした。また、一度導入したシステムは5年程度使い続けることが前提となり、日進月歩の技術革新に追いつくことが困難でした。
一方、SaaSは「申し込み即利用開始」が可能です。変化の激しい現代のビジネスにおいて、競合他社よりも早く新しいツールを導入し、業務効率を上げることは企業の生存競争に直結します。初期投資を抑え、小さく始めて大きく育てる「スモールスタート」が可能なSaaSは、現代の経営スタイルに完全に合致しているのです。
さらに、働き方改革やパンデミック以降のテレワーク需要の急増も、SaaS普及の決定的な要因となりました。オフィスに出社しなければ使えないオンプレミスのシステムとは異なり、SaaSは場所を選ばずに業務を継続できるため、BCP(事業継続計画)の観点からも必須のインフラとなっています。
ASPやクラウドとの言葉の違いを整理
SaaSを理解する上で混乱しやすいのが、「ASP(エーエスピー)」や「クラウド」といった類似用語との違いです。これらは重なり合う部分も多いですが、視点や時代背景によって使い分けられています。
まず「クラウド」とは、インターネット経由でコンピューター資源を利用する形態の総称です。SaaSは、このクラウドコンピューティングの一種(分類の一つ)にあたります。つまり、「クラウド」という大きなカテゴリの中に「SaaS」が含まれているという関係性です。
次に「ASP(Application Service Provider)」ですが、これはSaaSとほぼ同義と考えて差し支えありません。ASPは2000年代初頭に日本で普及した言葉で、インターネット経由でアプリを提供する「事業者」や「サービス」を指していました。技術の進化とともに「SaaS」という世界共通の用語が使われるようになりましたが、本質的な仕組みは同じです。厳密に言えば、ASPはシングルテナント(1社ごとの専用環境)が多く、SaaSはマルチテナント(複数の企業でシステム基盤を共有する仕組み)が一般的であるという技術的な違いが語られることもありますが、利用者視点では「ネット経由で使うソフト」として同じ理解で問題ありません。
▼(詳細解説)従来型ソフトウェアとSaaSの提供形態の違い
| 項目 | パッケージソフト / オンプレミス | SaaS(クラウド型) |
|---|---|---|
| 導入方法 | PCごとにインストール、または自社サーバー構築 | アカウント登録のみ(インストール不要) |
| 初期費用 | 高額(ライセンス購入費、サーバー機器費) | 安価または無料(初期費用0円が多い) |
| ランニングコスト | 保守費のみ(ただし数年ごとの買い替え発生) | 月額または年額の利用料(サブスクリプション) |
| 利用場所 | インストールした端末、または社内ネットワーク内 | インターネットが繋がる場所ならどこでも |
| バージョンアップ | 手動更新、または新版の再購入が必要 | ベンダー側で自動更新(常に最新版) |
| データの保管場所 | 自社PCまたは自社サーバー | クラウド上のサーバー(ベンダー管理) |
この表からわかるように、SaaSは「所有」するリスクと手間を排除し、「利用」することに特化した現代的な提供形態と言えます。
認定クラウド導入コンサルタントのアドバイス
「ビジネス現場でSaaSを捉える際は、技術的な定義よりも『所有』から『利用』へのシフトという観点が極めて重要です。従来のソフトウェアは『資産』として購入し、減価償却などの会計処理が必要でしたが、SaaSは『経費(通信費やサービス利用料)』として処理できます。これにより、経営判断で柔軟にツールの入れ替えが可能になり、キャッシュフローの観点からも経営層に好まれる傾向があります。稟議を通す際は、この財務的なメリットも添えるとスムーズです。」
【図解】SaaS・PaaS・IaaSの違いを「ピザ」で解説
IT業界には「XaaS(ザース:Everything as a Service)」と呼ばれる用語が多数存在しますが、中でも特に重要なのがSaaS、PaaS(パース)、IaaS(イアース)の3つです。これらはクラウドサービスの提供範囲の違いを表しています。
このセクションでは、ペルソナである皆様が最も混乱しやすいこの3つの違いを、誰にでもイメージできる「ピザ」に例えて解説します。自社がどこまで手間をかけ、どこをベンダー(業者)に任せるかという「責任分界点」の違いを理解しましょう。
ピザの提供形態で例える3つの違い(自炊・デリバリー・レストラン)
クラウドサービスを「ピザを食べる」という目的に例えると、それぞれのサービス形態は以下のように分類できます。
- オンプレミス(自社運用) = 「自宅で完全手作り(自炊)」
キッチン、オーブン、ガス、生地、トッピング、ドリンク、そして食べる場所(ダイニング)。これら全てを自分で用意し、調理し、片付けまで自分で行うスタイルです。自分好みの味を追求できますが、手間と設備投資が最大にかかります。
- IaaS(Infrastructure as a Service) = 「シェアキッチンで調理(場所借り)」
キッチンやオーブン、ガスなどの「インフラ(設備)」は業者から借ります。しかし、生地やトッピングなどの「材料」は自分で持ち込み、調理も自分で行います。設備投資は不要ですが、調理の腕前(サーバー構築・運用の技術)が必要です。
- PaaS(Platform as a Service) = 「デリバリーピザ(半製品)」
生地やトッピングまで調理された状態(プラットフォーム)で提供されます。あとは自宅のテーブルで食べるだけ、あるいは少しアレンジを加えるだけです。インフラも調理もプロに任せ、自分たちは「どう食べるか(どうアプリを動かすか)」に集中できます。
- SaaS(Software as a Service) = 「レストランで食事(完成品)」
お店に行き、注文すれば完成されたピザが出てきます。調理も、片付けも、場所の確保もすべてお店(ベンダー)がやってくれます。利用者は「食べる(ソフトを使う)」ことだけに専念できます。最も手軽ですが、味付けを自分勝手に変える(過度なカスタマイズ)ことはできません。
責任分界点とは?ベンダーと自社の管理範囲を比較
上記のピザの例えを、実際のシステム用語(レイヤー)に置き換えてみましょう。これを理解するには「責任分界点」、つまり「どこからどこまでが自分の責任で、どこからが業者の責任か」を知る必要があります。
システムは下から順に「ネットワーク・サーバー(ハードウェア)」、「OS・ミドルウェア」、「アプリケーション・データ」という層で構成されています。
- IaaS(イアース):
Amazon Web Services (AWS) のEC2などが代表例です。ベンダーはハードウェアとネットワークのみ管理します。その上のOS(WindowsやLinux)やミドルウェアの設定、アプリケーションの導入は、ユーザー企業(自社のエンジニア)が責任を持ちます。自由度は高いですが、専門知識が不可欠です。 - PaaS(パース):
Google App Engineなどが代表例です。ハードウェアに加え、OSやミドルウェア(データベースなど)までをベンダーが管理します。ユーザーは開発したプログラム(アプリケーション)とデータだけの管理に集中できます。アプリ開発者向けのサービスです。 - SaaS(サース):
GmailやSalesforceなどが代表例です。ハードウェアからOS、そしてアプリケーションそのものまで、すべてベンダーが管理します。ユーザーはデータ(メールの中身や顧客情報など)の設定と利用権限の管理だけを行います。
▼SaaS / PaaS / IaaS の責任範囲比較表(ピザの例えver.)
| レイヤー(階層) | オンプレミス (自炊) |
IaaS (シェアキッチン) |
PaaS (デリバリー) |
SaaS (レストラン) |
|---|---|---|---|---|
| アプリケーション (メニュー・味付) |
自社 | 自社 | 自社 | ベンダー |
| データ (トッピング) |
自社 | 自社 | 自社 | 自社/ベンダー |
| ミドルウェア/OS (調理器具・生地) |
自社 | 自社 | ベンダー | ベンダー |
| 仮想化/サーバー (キッチン設備) |
自社 | ベンダー | ベンダー | ベンダー |
| ネットワーク (ガス・水道) |
自社 | ベンダー | ベンダー | ベンダー |
※「ベンダー」となっている部分は、サービス提供者が管理・保守を行うため、ユーザーは気にする必要がありません。
それぞれの利用シーンとターゲット層(誰が何のために使うか)
これらの違いを踏まえると、それぞれのサービスが「誰のために」あるのかが明確になります。
- SaaS:一般ビジネスユーザー全般
営業、人事、経理、総務など、プログラミングを行わないすべてのビジネスパーソンが対象です。業務効率化やコミュニケーション活性化のために導入します。「すぐに使いたい」「運用はお任せしたい」というニーズに応えます。 - PaaS:アプリケーション開発者・プログラマー
自社独自のアプリやサービスを開発したいが、サーバーの構築やOSのパッチ当てなどのインフラ管理に時間を割きたくない開発チームが対象です。「開発スピードを上げたい」というニーズに応えます。 - IaaS:インフラエンジニア・サーバー管理者
OSの細かい設定やネットワーク構成を自由にカスタマイズしたい、特殊な要件を持つシステムを構築したい企業が対象です。「ハードウェア資産は持ちたくないが、構成の自由度は維持したい」というニーズに応えます。
認定クラウド導入コンサルタントのアドバイス
「非エンジニアの方であれば、基本的には『SaaS』の特徴だけを深く理解していれば業務上は問題ありません。しかし、情シス部門と連携する際には注意が必要です。例えば『このSaaSを使いたい』と提案した時、情シス側は『セキュリティ設定は?』『データのバックアップは?』と気にします。その際、『これはSaaSなのでOSやサーバーの管理はベンダー責任です』と答えられるか、『ここはPaaS的な要素があるので自社で設定が必要です』と切り分けられるかで、プロジェクトの進行スピードが格段に変わります。下のレイヤー(OSやサーバー)は誰が管理するのか、という視点を一つ持つだけで、IT部門との会話がスムーズになりますよ。」
ビジネスを加速させるSaaS導入の5つのメリット
SaaSの概念と仕組みを理解したところで、次は「なぜ企業はSaaSを導入すべきなのか」、その具体的なメリットを5つのポイントに絞って解説します。これは、上司や経営層へ導入を提案する際の強力な説得材料となります。
導入スピードの速さと初期費用の削減(スモールスタートが可能)
最大のメリットは、圧倒的な「導入ハードルの低さ」です。従来のシステム導入では、要件定義からサーバー調達、開発、インストールまで数ヶ月から1年以上かかることも珍しくありませんでした。また、そのための初期費用として数百万円〜数千万円の投資が必要となり、失敗が許されない重圧がありました。
SaaSであれば、Webサイトから申し込みをするだけで、早ければその日のうちに利用を開始できます。初期費用も無料、もしくは数万円程度で済むケースが多く、不要になればすぐに解約できるため、リスクを最小限に抑えた「スモールスタート」が可能です。「まずは特定の部署だけで試してみて、効果が出たら全社展開する」といった柔軟な導入戦略が取れるのは、SaaSならではの強みです。
場所とデバイスを選ばない(テレワーク・マルチデバイス対応)
インターネット環境とWebブラウザさえあれば、世界中どこからでもアクセス可能です。これは、現代のビジネスにおいて必須となった「テレワーク(リモートワーク)」を実現する上で欠かせない要素です。
オフィスにいなければ閲覧できなかった顧客データや売上情報も、SaaS化されていれば自宅や出張先から安全に確認できます。また、PCだけでなく、スマートフォンやタブレットに対応している(マルチデバイス対応)サービスも多く、移動中の隙間時間を活用した業務処理が可能になり、生産性が劇的に向上します。
常に最新機能が使える(自動アップデートと運用負荷の軽減)
パッケージソフトの場合、数年ごとに新しいバージョンを購入し、全社員のPCで再インストール作業を行う必要がありました。これは情報システム部門にとって多大な負荷であり、古いバージョンのまま使い続けることによるセキュリティリスクも問題でした。
SaaSでは、ベンダー側が継続的に機能改善やセキュリティパッチの適用を行います。ユーザーは何もしなくても、ログインするだけで常に最新の機能と最強のセキュリティ状態でシステムを利用できます。法改正(消費税率変更やインボイス制度など)への対応も、SaaS側で自動的に行われるため、ユーザー側の対応工数は大幅に削減されます。
容易なスケーラビリティ(IDの増減が柔軟)
ビジネスの状況に合わせて、利用規模を柔軟に変更できる「スケーラビリティ(拡張性)」も大きなメリットです。例えば、繁忙期だけアルバイトスタッフ用にアカウント(ID)を100個増やし、閑散期には減らすといった調整が、管理画面上の操作だけで即座に完了します。
オンプレミスの場合、最大負荷に合わせてサーバーを用意する必要があり、閑散期には無駄なコストが発生していました。SaaSなら「使った分だけ支払う」という無駄のないコスト運用が可能です。
データ共有とコラボレーションの円滑化
データがクラウド上で一元管理されているため、複数人が同時に同じファイルにアクセスし、編集することが容易になります。従来の「ファイルをメールで送付し、どれが最新版かわからなくなる」といったトラブルは過去のものとなります。
リアルタイムでの共同編集や、チャットツールとの連携により、チーム内のコミュニケーションとコラボレーションが加速します。組織の壁を超えたプロジェクト推進においても、SaaSは強力な武器となります。
▼(テキスト図解)オンプレミスとSaaSのコスト推移比較
【オンプレミス型(自社所有)】
導入初年度:■■■■■■■■■■(莫大な初期投資:サーバー購入・開発費)
2年目以降:■■(保守費のみだが低額)
5年目更新:■■■■■■■■■■(リプレイスで再び多額の出費)
→ 階段状のコスト推移。初期負担が大きく、資産リスクがある。
【SaaS型(サブスクリプション)】
導入初年度:■■(初期費用ほぼなし・月額利用料のみ)
2年目以降:■■(利用者数に応じた一定のランニングコスト)
5年目更新:■■(更新料なし、平準化されたコスト)
→ 平準化されたコスト推移。キャッシュフローが予測しやすく、無駄がない。
認定クラウド導入コンサルタントのアドバイス
「コスト削減効果を上司に説明する際、単に『月額利用料』と『パッケージ価格』を比較してはいけません。SaaSの利用料は一見すると、長く使うほど高くなるように見えることがあります。しかし、ここには『サーバーの電気代』『設置スペース代』『保守担当者の人件費』『セキュリティ対策費』『バックアップの手間』などが全て含まれています。これらを含めたTCO(総保有コスト)で比較すれば、SaaSの方が圧倒的にコストパフォーマンスが良いケースが大半です。見えないコストを含めて比較表を作ることが、説得のポイントです。」
導入前に知っておくべきSaaSのデメリットと対策
メリットの多いSaaSですが、万能ではありません。導入後に「こんなはずではなかった」と後悔しないために、あらかじめ知っておくべきデメリットと、その対策について解説します。
カスタマイズの制限と業務フローへの適合
SaaSは「多くの企業が汎用的に使える機能」を提供するサービスです。そのため、自社独自の特殊な商習慣や、複雑怪奇な業務フローに合わせて画面や機能を自由に改造(カスタマイズ)することは、基本的にはできません。
「今までのやり方」に固執し、SaaS側に無理なカスタマイズを求めると、SaaSのメリットである「安さ」や「アップデートの速さ」が失われてしまいます。
セキュリティとデータ保管場所の懸念
大切な顧客情報や機密データを社外(クラウドベンダーのサーバー)に預けることになるため、セキュリティに対する不安を感じる企業も少なくありません。「データセンターは国内にあるのか」「万が一の情報漏洩時の補償はどうなるのか」といった点は、契約前に確認が必要です。
ただし、近年ではAmazonやMicrosoft、Googleといったメガクラウドベンダーのセキュリティレベルは極めて高く、一般的な企業が自社でサーバーを管理するよりも、はるかに堅牢である場合がほとんどです。
ランニングコストの累積とベンダーロックインのリスク
サブスクリプション形式は初期費用が安い反面、利用している限り永久に料金が発生し続けます。利用していないアカウント(休眠アカウント)を放置していると、無駄なコストが積み重なってしまいます。
また、一度特定のSaaSにデータを蓄積し業務フローを依存させてしまうと、他社サービスへの乗り換えが困難になる「ベンダーロックイン」という状態に陥る可能性があります。将来的な移行のしやすさ(データのエクスポート機能など)も確認しておくべきです。
メンテナンスや障害時の対応(自社でコントロールできない)
SaaSのメンテナンス時間やシステム障害の復旧は、すべてベンダー側の都合で行われます。「月末の締め処理中にメンテナンスが入って使えない」「障害が起きているが、復旧まで待つことしかできない」といった事態が発生し得ます。自社でコントロールできないダウンタイムがあることは、あらかじめ想定しておく必要があります。
認定クラウド導入コンサルタントのアドバイス
「カスタマイズできないことは、実はデメリットではなく『業務を見直すチャンス』と捉えるべきです。SaaSの仕様は、多くの企業で採用されている『標準的なベストプラクティス』に基づいて設計されています。ツールを自社に合わせるのではなく、自社の業務フローをツール(世の中の標準)に合わせて変えていく『BPR(業務改革)』の発想を持つことが、SaaS導入成功の鍵です。無理なカスタマイズは、将来のアップデートの妨げになるため、極力避けることを強く推奨します。」
身近な代表的SaaSサービス事例一覧
ここでは、実際にビジネス現場で広く使われている代表的なSaaSサービスをカテゴリ別に紹介します。これらを見ることで、SaaSが具体的にどのようなものか、よりイメージが湧くはずです。
コミュニケーション・コラボレーション系
- Slack / Chatwork / Microsoft Teams:
ビジネスチャットツール。メールよりも迅速なやり取りが可能で、プロジェクトごとのグループ作成やファイル共有が容易です。 - Zoom / Google Meet:
Web会議システム。対面での会議が難しい状況でも、ビデオ通話で円滑なコミュニケーションを実現します。
バックオフィス・業務効率化系
- SmartHR:
クラウド人事労務ソフト。入社手続きや年末調整などの書類作成・回収をペーパーレス化し、人事担当者の負担を激減させます。 - freee / マネーフォワード クラウド:
クラウド会計ソフト。銀行口座やクレジットカードと連携し、仕訳入力を自動化。経理業務の効率化を実現します。 - Salesforce:
世界シェアNo.1のSFA(営業支援)/ CRM(顧客管理)ツール。顧客情報や商談進捗を一元管理し、営業活動を可視化します。
ストレージ・ファイル共有系
- Dropbox / Box / Google Drive:
クラウドストレージ。大容量のファイルをクラウド上に保存し、社内外のメンバーと安全に共有できます。自動バックアップ機能も兼ね備えています。
▼(補足)業界特化型SaaS(バーティカルSaaS)とは?
上記で紹介したのは、あらゆる業界で使える「ホリゾンタルSaaS(水平型)」と呼ばれるものです。これに対し、特定の業界特有の課題を解決するために作られたものを「バーティカルSaaS(垂直型)」と呼びます。
- 医療業界向け: 電子カルテや予約管理システム
- 建設業界向け: 施工管理や図面共有アプリ(ANDPADなど)
- 飲食業界向け: 予約台帳やオーダーエントリーシステム
汎用的なツールでは対応しきれない業界特有の商習慣に対応しているのが特徴で、近年急速に成長している分野です。
失敗しないSaaS選定のポイントと導入ステップ
数え切れないほどのSaaSが存在する中で、自社に最適なサービスを選ぶにはどうすればよいのでしょうか。コンサルタントとしての経験に基づき、失敗しない選定のポイントと導入ステップを解説します。
解決したい課題と目的の明確化(「導入」を目的にしない)
最も多い失敗パターンは、「流行っているから」「他社も入れているから」という理由で導入することです。これでは現場に定着せず、コストの無駄になります。
「営業の移動時間を減らしたい」「請求書発行の手間をゼロにしたい」など、解決したい課題を具体的に言語化しましょう。SaaS導入はあくまで手段であり、目的ではありません。
他ツールとの連携性とAPIの有無
SaaSは単体で使うよりも、他のツールと連携させることで真価を発揮します。例えば、「チャットツールに通知を飛ばす」「会計ソフトと経費精算ソフトを繋ぐ」といった連携が可能かを確認しましょう。API(アプリケーション連携の窓口)が公開されているか、標準連携機能が充実しているかは重要な選定基準です。
サポート体制とセキュリティ基準の確認
導入後のトラブル時に、どのようなサポートが受けられるかを確認します。電話サポートはあるか、チャットのレスポンスは早いか、日本語でのマニュアルは充実しているか等は、運用担当者にとって死活問題です。
また、セキュリティに関しては、ISO27001(ISMS)などの認証を取得しているか、通信の暗号化や二段階認証に対応しているかなど、自社のセキュリティポリシーに合致しているかを厳しくチェックしましょう。
無料トライアルでの操作性チェック(UI/UXの重要性)
機能表の「○×」だけで判断してはいけません。実際に現場で使うユーザーにとって、「直感的に操作できるか」「画面が見やすいか」というUI(ユーザーインターフェース)/UX(ユーザー体験)は極めて重要です。多くのSaaSには無料トライアル期間が設けられています。必ず現場の担当者に触ってもらい、使用感を確かめてから本契約に進みましょう。
DX推進プロジェクトマネージャーの体験談:シャドーITの落とし穴
「過去、各部署の要望を聞きすぎて、似たような機能を持つSaaSをバラバラに導入してしまったことがあります。営業部はA社のチャット、開発部はB社のチャット、といった具合です。その結果、情報のサイロ化(分断)が起きただけでなく、退職した社員のアカウントが削除されずに残っているなど、ID管理が煩雑化し、セキュリティリスクが高まる『シャドーIT』寸前の状態に陥りました。
この失敗から学んだのは、全社的な統制の重要性です。解決策として、一つのIDで複数のSaaSにログインできる『SSO(シングルサインオン)』ツールを導入し、情シス部門がIDを一元管理できる体制を整えました。SaaS選定時は、便利さだけでなく『管理のしやすさ』も同時に考える必要があります。」
SaaSに関するよくある質問(FAQ)
最後に、SaaSに関してよく寄せられる質問とその回答をまとめました。導入検討時の疑問解消にお役立てください。
Q. SaaSとASPの違いは厳密には何ですか?
A. 現在ではほぼ同じ意味で使われていますが、歴史的背景と技術的背景が異なります。ASPは1990年代後半から使われ始めた言葉で、事業者を指すことが多いです。SaaSは2000年代半ば以降に登場した言葉で、クラウド技術を基盤としたソフトウェア提供形態を指します。技術的には、ASPは1社ごとにサーバーを用意するシングルテナント、SaaSは1つのシステムを複数社で共有するマルチテナントであることが多いですが、ユーザーとしては「どちらもネット経由で使うソフト」という認識で問題ありません。
Q. セキュリティは自社サーバーより安全ですか?
A. 一般的に、中小規模の企業が自社でサーバーを管理するよりも、大手SaaSベンダーのクラウドを利用する方が安全と言われています。SaaSベンダーはセキュリティ対策に巨額の投資を行い、専門の技術者が24時間365日監視しています。自社で同レベルの対策を行うには莫大なコストがかかります。「餅は餅屋」に任せる方が、結果的にリスクを低減できるケースが多いです。
認定クラウド導入コンサルタントのアドバイス
「『クラウドはどこにデータがあるかわからないから怖い』という感覚は過去のものです。現在は、物理的なサーバー室に鍵をかけて自社で守るよりも、サイバー攻撃のプロに対抗できる専門業者の堅牢な城(クラウド)にデータを預ける方が安全な時代です。ただし、パスワードを付箋に書いて貼るような『人的なミス』までは防げません。SaaS利用時のセキュリティ事故の多くは、ユーザー側のID管理不備が原因であることを忘れないでください。」
Q. インターネットがない環境では使えませんか?
A. 基本的にはインターネット接続が必須です。オフライン(ネットに繋がっていない状態)では利用できない、または機能が大幅に制限されます。一部のSaaSでは、オフラインで作業した内容を一時保存し、ネットに繋がった瞬間に同期する機能を持つものもありますが、常時接続環境での利用が前提となります。
まとめ:SaaSを正しく理解し、自社のDXを推進しよう
本記事では、SaaSの基礎知識からIaaS/PaaSとの違い、導入メリット、そして選定のポイントまでを網羅的に解説してきました。
SaaSは単なる「便利なツール」ではありません。企業が変化の激しい市場で生き残り、スピーディーに成長するための「経営インフラ」です。「所有」から「利用」へのパラダイムシフトを理解し、自社の課題に合ったSaaSを適切に組み合わせることで、業務効率は劇的に向上します。
最後に、SaaS活用を成功させるための重要なポイントを再確認しましょう。
- SaaSは「レストラン」。調理も片付けもプロに任せて、美味しい食事(機能利用)に集中するスタイル。
- コストは「TCO」で見る。目先の月額料金だけでなく、保守・運用・人件費を含めた総コストで比較する。
- カスタマイズはしない。業務フローをツール(世の中の標準)に合わせて変える「BPR」の意識を持つ。
- スモールスタートで始める。まずは小さなチームで試し、成功体験を作ってから全社に広げる。
認定クラウド導入コンサルタントのアドバイス
「SaaS導入はゴールではなく、DXのスタートラインです。導入したその日から、あなたの会社の働き方は変わり始めます。まずは『この業務、SaaSで楽にできないか?』と疑問を持つことから始めてみてください。その小さな気づきが、組織全体の生産性を大きく変える第一歩となります。ぜひ今日から、自社の業務を見渡し、SaaS化できる部分がないか探してみてください。」
SaaS導入検討チェックリスト
- [ ] 解決したい業務課題は明確になっているか?(「導入」が目的になっていないか)
- [ ] 現場の担当者が使いやすい操作性(UI/UX)か?(無料トライアルで確認したか)
- [ ] 既存のシステムや他ツールとのデータ連携は可能か?
- [ ] セキュリティ基準は自社のポリシーを満たしているか?
- [ ] サポート体制(対応時間、手段、言語)は十分か?
- [ ] 将来的にユーザー数が増減しても対応できる料金体系か?
- [ ] 万が一解約する際、データの取り出し(エクスポート)は容易か?
SaaSを賢く活用し、あなたのビジネスを次のステージへと進化させてください。
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