2024年、私たちの心を最も強く揺さぶったラブソングといえば、間違いなくOmoinotakeの『幾億光年』でしょう。TBS系火曜ドラマ『Eye Love You』の主題歌として書き下ろされたこの楽曲は、単なる恋愛ソングの枠を超え、聴くたびに胸が締め付けられるような「切なさ」と、それでも前を向こうとする力強い「希望」を与えてくれます。
ドラマの主人公である侑里とテオの恋模様に涙した方も多いはずですが、なぜこの曲はこれほどまでにドラマのシーンとシンクロし、私たちの感情を揺さぶるのでしょうか?その秘密は、タイトルに込められた物理学的な意味と、Omoinotakeというバンドが持つ卓越した音楽的ギミックに隠されています。
本記事では、音楽解説ライターであり、ドラマ考察家でもある筆者が、物理的な距離や時間の壁を超越する「愛の速度」をテーマにしたこの傑作を徹底的に深掘りします。ドラマの脚本や演出と歌詞がどのようにリンクしているのか、そして音楽理論の視点から見る「エモさ」の正体とは何なのか。これを読めば、次に『幾億光年』を聴くとき、今までとは違った景色が見えてくるはずです。
この記事でわかること
- タイトル「幾億光年」に隠された、時間ではなく「距離」としての深い意味とロマンチシズム
- ドラマ『Eye Love You』の脚本・演出と歌詞が完璧にシンクロする3つの重要ポイント
- 音楽理論のプロが解説する、サビの転調とリズムが生む「エモさ」の正体とカラオケ攻略法
Omoinotake『幾億光年』の楽曲背景と基礎知識
まずは、この楽曲がどのような背景で生まれ、どのようなアーティストによって奏でられているのか、その基礎知識をおさらいしておきましょう。ドラマ『Eye Love You』の世界観を彩るために生まれたこの曲には、バンドとしてのOmoinotakeの歴史と、彼らなりの「愛」への回答が詰まっています。
TBS系火曜ドラマ『Eye Love You』主題歌としての書き下ろし
『幾億光年』は、2024年1月期に放送されたTBS系火曜ドラマ『Eye Love You』の主題歌として、Omoinotakeが脚本を読み込んだ上で書き下ろした楽曲です。このドラマは、目が合うと相手の心の声が聞こえてしまう「テレパス」の能力を持つ主人公・本宮侑里(二階堂ふみ)と、超ストレートな年下の韓国人留学生ユン・テオ(チェ・ジョンヒョプ)との恋を描いたファンタジック・ラブストーリーです。
ドラマのプロデューサーからは「どんなに遠い距離も、想いの速さで超えていく」というテーマが提示されていました。これは、単に日本と韓国という物理的な距離や国境を指すだけではありません。「言葉が通じないもどかしさ」や「心の声が聞こえてしまうがゆえの孤独」、そして「立場や年齢の違い」といった、恋愛におけるあらゆる障壁(ディスタンス)を含んでいます。
Omoinotakeは、この複雑で繊細なドラマのテーマを、彼ら特有のポップセンスで見事に楽曲へと昇華させました。放送回を重ねるごとに、ドラマの展開と歌詞がリンクしていく仕掛けは、視聴者の没入感を高める重要な要素となりました。
バンド「Omoinotake」とは?「ピアノ・トリオ」が生む独自のグルーヴ
楽曲の魅力を深く理解するためには、演奏している「Omoinotake(オモイノタケ)」というバンドの特異性を知る必要があります。彼らは、島根県出身の藤井レオ(Vo/Key)、福島智朗(Ba)、冨田洋之進(Dr)の3人からなるピアノ・トリオバンドです。一般的なロックバンドに見られる「ギター」がいません。
ギターがいないということは、サウンドの中心をピアノとベース、ドラムが担うことになります。これにより、彼らの音楽はブラックミュージックやソウル、R&Bの影響を色濃く受けた、踊れるけれどどこか切ない、都会的なグルーヴを生み出します。特にボーカル藤井レオのソウルフルで伸びやかな歌声と、繊細なピアノの旋律は、Omoinotakeの最大の武器です。
『幾億光年』においても、イントロのピアノリフや、華やかなホーンセクション(管楽器)のアレンジが印象的です。これは、彼らが長年の渋谷での路上ライブ経験で培った「通りすがりの人の足を止めさせるキャッチーさ」と、確かな演奏技術に裏打ちされています。ギターレスだからこそ生まれる隙間(スペース)が、切ない歌詞を響かせるための空間を作り出しているのです。
楽曲のテーマは「どんなに遠い距離も、想いの速さで超えていく」
この楽曲の核心にあるテーマは、「距離の克服」です。しかし、それは新幹線や飛行機で移動するような物理的な移動手段の話ではありません。「想い」や「愛」という、目に見えないエネルギーが持つ速度についての歌です。
作詞を手掛けた福島智朗(Ba)は、ドラマの世界観に寄り添いつつ、普遍的な「会えない時間」の苦しさと、それを超えようとする意志を描きました。どんなに離れていても、どれだけ時間がかかっても、想いは光の速さを超えて相手に届くはずだという、祈りにも似たメッセージが込められています。
ドラマの中で、テオが侑里に向ける真っ直ぐな愛情表現は、まさにこの楽曲のテーマそのものです。計算や駆け引きのない純粋な想いが、言葉の壁やテレパスという特殊な障害を乗り越えていく。その「無敵感」と、同時に存在する「儚さ」が同居している点が、この楽曲が多くの人の心を掴んで離さない理由でしょう。
音楽解説ライター・ドラマ考察家のアドバイス
「Omoinotakeの楽曲は、単に『おしゃれ』なだけではありません。彼らのルーツである島根から上京し、渋谷の路上で多くの通行人に向かって歌い続けてきた『届けたい』という渇望が、この曲の『幾億光年』という途方もない距離を超えるエネルギーとリンクしているのです。ドラマのファンタジー要素とバンドのリアリティが奇跡的に融合した一曲と言えるでしょう。」
タイトル「幾億光年」の考察:なぜ「時間」ではなく「距離」なのか?
タイトルの『幾億光年』という言葉。一見すると、非常に長い「時間」を表しているように感じる方もいるかもしれません。しかし、ここにこの楽曲の最も重要で、最もロマンチックな仕掛けが隠されています。
「光年」は時間の単位ではない?天文学的な距離が示す「会えないもどかしさ」
まず、科学的な定義を確認しておきましょう。「光年(light-year)」とは、光が1年間かけて進む「距離」を表す単位です。光の速さは秒速約30万キロメートル。1光年は約9兆4600億キロメートルという、想像を絶する距離になります。
よくSF作品などで「何光年も待った」というように時間の単位として誤用されることがありますが、Omoinotakeはここを明確に「距離」として描いています。つまり、タイトルが示しているのは「とてつもなく長い時間」ではなく、「二人の間にある、とてつもなく遠い距離」なのです。
なぜ時間ではなく距離なのか。それは、恋愛において最も辛いのが「物理的・心理的な隔たり」だからではないでしょうか。「会いたいのに会えない」「隣にいるのに心が遠い」。そんなもどかしさを、宇宙的なスケールの距離に例えることで、相手を想う気持ちの大きさを逆説的に表現しているのです。
「幾億」という途方もない数字が表す、二人の間に横たわる障壁の大きさ
さらに「幾億」という数字が頭につくことで、その距離はもはや天文学的数値を超え、永遠に近いものとなります。現実世界で、地球上の誰かと会うために何億光年も移動する必要はありません。しかし、心の距離や、立場の違い、あるいはドラマのような「特殊能力による壁」は、時として宇宙の果てよりも遠く感じられることがあります。
この途方もない数字は、二人の間に横たわる障壁の絶望的な大きさを表しています。しかし同時に、それほど遠く離れていても「君」を見つけ出したい、声を届けたいという、主人公の執念とも言える愛の深さを際立たせています。障害が大きければ大きいほど、それを乗り越えようとする愛の物語は燃え上がるものです。
過去・現在・未来を超越するラブソングとしての構造
距離は空間的な概念ですが、宇宙においては距離を見ることは「過去」を見ることと同義です。例えば、1億光年離れた星の光は、1億年前の光です。つまり、「幾億光年」という言葉には、空間的な距離だけでなく、時間的な隔たり(過去や未来)も内包されています。
歌詞の中で描かれるのは、現在進行形の恋愛だけでなく、過去から未来へと続いていく「永遠」の願いです。もし生まれ変わったとしても、もし違う世界線だったとしても、また君を見つける。そんなSF的なロマンチシズムが、この楽曲のスケールを壮大なものにしています。
単なる遠距離恋愛の歌に留まらず、時空を超えて響き合う魂の惹かれ合いを描いているからこそ、ドラマのファンタジー設定とも違和感なく溶け込み、聴く人の想像力を無限に広げてくれるのです。
音楽解説ライター・ドラマ考察家のアドバイス
「『光年』を時間と勘違いして使っているのではなく、あえて距離の単位として使うことで、『どんなに離れていても(距離)、光の速さなら一瞬で届くかもしれない』という希望を含ませています。SF映画『インターステラー』のように、愛だけが次元を超えることができる唯一の要素である、という哲学的テーマさえ感じさせますね。」
【歌詞深掘り・前半】日常のスピードと止まらない想いの対比
ここからは、具体的な歌詞のフレーズに注目して、楽曲の世界観を深掘りしていきましょう。前半のAメロ・Bメロでは、淡々と過ぎ去る日常と、その中で募っていく焦燥感が巧みに描かれています。
Aメロ考察:「デイバイデイ」繰り返される日常と、変わらない心のコントラスト
楽曲の冒頭、Aメロでは「デイバイデイ(Day by Day)」という言葉が象徴するように、繰り返される日常が描かれています。都会の喧騒、変わらない風景、淡々と過ぎていく時間。しかし、その中で主人公の心だけは、ある一点、「君」のことだけを考え続けています。
この対比が非常に切ないのです。世界は何も変わらず回っているのに、自分の心だけが取り残されているような感覚。あるいは、自分だけが違う時間の流れにいるような感覚。ドラマ『Eye Love You』の侑里も、社長として多忙な日々を送りながら、心のどこかで満たされない孤独を抱えていました。
Omoinotakeの歌詞は、こうした「日常の中に潜む孤独」を切り取るのが非常に上手です。派手な言葉を使わずとも、誰もが経験したことのある「ふとした瞬間の寂しさ」を、メロディに乗せて心に届けてくれます。
Bメロ考察:近づくほどに遠ざかる?「言葉」のもどかしさと焦燥感
Bメロに入ると、曲のリズムやメロディに少し変化が生まれます。ここで描かれるのは、コミュニケーションのもどかしさです。近づこうとすればするほど、かえって距離を感じてしまう。言葉を尽くせば尽くすほど、本当の想いが伝わらなくなっていく。
特に「言葉」というツールへの不信感と、それでも言葉に頼らざるを得ないジレンマが表現されています。ドラマでは、侑里は相手の心の声が「聞こえてしまう」がゆえに傷つき、テオは日本語が不慣れな中で「伝えよう」と必死になります。
このBメロ部分は、サビに向けて感情が高まっていく助走区間でもあります。募る不安、焦り、そして「伝えたい」という衝動が、徐々にスピードを上げていく様子が、楽器の演奏の密度とともに表現されています。
歌詞に隠された「近くて遠い」関係性のメタファー
前半の歌詞全体を通して読み取れるのは、「近くて遠い」という矛盾した距離感です。物理的には隣にいるかもしれない。スマートフォンの画面越しには繋がっているかもしれない。けれど、心の奥底にある一番大切な部分は、何億光年も離れているように感じる。
以下の引用フレーズを見てみましょう。
「デイバイデイ ありふれた 今日を やり過ごしても
君のいない 世界じゃ 意味がない」
(※歌詞のニュアンスを汲んだ解釈的引用であり、原文そのままではありません)
このように、日常の無意味さと、君という存在の絶対性が対比されています。まるで、君という恒星の周りを回る孤独な惑星のような、切ない関係性が浮かび上がってきます。
▼補足:歌詞に登場する「衛星」や「惑星」などの宇宙用語の解釈
歌詞中には直接的に「衛星」や「惑星」という単語が多用されているわけではありませんが、世界観として「孤独な星」としての個人の在り方が通底しています。互いに引力で惹かれ合いながらも、決して衝突することなく、一定の距離を保って回り続ける星々。そんな宇宙的な孤独感が、都会の孤独感と重ね合わされています。
【歌詞深掘り・サビ】距離を一瞬でゼロにする「声」と「スピード」
そして楽曲は、感情が決壊するサビへと突入します。ここでは、それまでの迷いや葛藤をすべて吹き飛ばすような、圧倒的なスピード感とエネルギーが炸裂します。
サビ考察:「幾億光年」を飛び越える唯一の手段としての「歌(声)」
サビの歌詞で最も印象的なのは、やはりタイトルにもなっている「幾億光年」というフレーズが登場する瞬間です。ここで主人公は、物理的な距離や時間の壁を嘆くのではなく、それを「超えていく」ことを宣言します。
その手段として選ばれたのが「声」であり「歌」です。科学的には音の速さは光よりもずっと遅いものです。しかし、この歌の中では、君の名前を呼ぶ声、愛を伝える歌声こそが、光速を超えて相手に届く唯一の手段として描かれています。
「距離なんて関係ない」「時間なんて関係ない」。論理を超越した感情の爆発。これこそがラブソングの真骨頂であり、聴く人の胸を熱くさせる理由です。ドラマのクライマックスで、テオが侑里に向かって叫ぶシーンと重なり、涙を誘います。
「流星」のように駆け抜けるメロディラインの意味
サビのメロディラインは、高音域を駆け上がり、そして流れるように降りてくる、非常にダイナミックな動きをします。これはまるで、夜空を切り裂く「流星」の軌跡のようです。
藤井レオのボーカルは、地声と裏声(ファルセット)を自在に行き来し、切実さと力強さを同時に表現しています。この疾走感のあるメロディは、「一刻も早く君のもとへ行きたい」という焦燥感と、「必ず届く」という確信を音として具現化したものです。
聴き手は、このメロディに乗せられることで、自分自身が光となって宇宙を駆け抜けているような浮遊感とスピード感を体験することができます。
ラストサビに向けた感情の加速と「ハッピーエンド」への願い
楽曲の後半、ラストサビに向けて歌詞はさらに熱を帯びていきます。単に「会いたい」という願いから、「共に生きたい」「物語を終わらせたくない」という、より深い愛の渇望へと変化していきます。
「ハッピーエンド」という言葉が示唆するように、この恋が決して平坦な道のりではないこと、悲しい結末になる可能性も含んでいることを予感させます。それでもなお、二人で幸せになる未来を諦めない。その強い意志が、最後のロングトーンに込められています。
音楽解説ライター・ドラマ考察家のアドバイス
「サビに入った瞬間の開放感に注目してください。Aメロ・Bメロで溜め込んだ『言えない想い』が一気に溢れ出す構造になっています。これはドラマの演出ともリンクしていて、すれ違いが続いた後に訪れる、二人の心が通じ合う瞬間のカタルシス(浄化作用)を音楽で表現しているのです。だからこそ、私たちはこのサビを聴くと、無条件に泣けてしまうのでしょう。」
ドラマ『Eye Love You』の世界観と歌詞がリンクする3つのポイント
ドラマ『Eye Love You』のファンにとって、この曲は単なるBGMではありません。ドラマのストーリーを補完し、キャラクターの心情を代弁する「もう一つの脚本」です。ここでは、具体的にドラマのどの要素と歌詞がリンクしているのか、3つのポイントに絞って解説します。
リンク1:テオ(チェ・ジョンヒョプ)の直球な愛情表現と歌詞の親和性
一つ目のリンクポイントは、テオのキャラクター性です。彼は韓国人留学生という設定で、愛情表現が非常にストレートかつ情熱的です。「好きです」「会いたいです」と、日本人男性なら躊躇してしまうような言葉を、真っ直ぐな瞳で伝えます。
『幾億光年』の歌詞にある、迷いのない愛の言葉や、どんな障害も恐れない姿勢は、まさにテオそのものです。ドラマを観ている視聴者は、曲を聴くたびにテオのあの屈託のない笑顔と、侑里を見つめる熱い視線を思い出すことでしょう。この曲は「テオのテーマソング」としての側面を強く持っています。
リンク2:侑里(二階堂ふみ)の「心の声」が聞こえる設定と「言葉にできない想い」
二つ目は、主人公・侑里の抱える「テレパス」という秘密です。彼女は相手の本音が聞こえてしまうがゆえに、言葉の裏にある感情に敏感になりすぎて、臆病になっています。
歌詞の中に登場する「言葉」に対する不信感や、言葉にできない想いのもどかしさは、侑里の視点と重なります。テオの心の声は韓国語だからわからない(=聞こえないのと同じ)という設定が、逆に侑里にとっての救いとなり、「言葉を超えた何か」で繋がることの尊さを際立たせています。
リンク3:日韓という「物理的・文化的距離」と「幾億光年」の重ね合わせ
三つ目は、二人の間に横たわる現実的な距離です。国籍の違い、言語の違い、そして将来的にテオが帰国してしまうかもしれないという不安。これらは、二人の恋にとっての大きな障害です。
歌詞の「幾億光年」という大げさなまでの距離表現は、この「日韓の距離」や「文化の壁」をメタファーとして表現しています。物理的な距離は飛行機で数時間ですが、心の距離を縮めるには、それこそ幾億光年を旅するような覚悟とエネルギーが必要なのです。
| ドラマの要素 | 歌詞とのリンクポイント | 視聴者が感じる感情 |
|---|---|---|
| テオのストレートな愛 | 「距離を超えていく」という歌詞の推進力 | 応援したくなる、胸キュン |
| 侑里のテレパス能力 | 「言葉」のもどかしさ、伝えられない葛藤 | 切なさ、共感 |
| 日韓の壁・立場の違い | 「幾億光年」という途方もない距離感 | 障害を乗り越えてほしいという祈り |
なぜこれほど切ないのか?プロが教える「音楽的仕掛け」
歌詞やドラマとのリンクだけでなく、音楽そのものにも私たちの心を揺さぶる高度なテクニックが使われています。ここでは音楽理論の視点から、なぜ『幾億光年』がこれほどまでに「エモい」のか、その仕掛けを解説します。
ピアノリフとホーンセクションが演出する「都会的な孤独感」と「華やかさ」
イントロから流れるピアノのリフレイン(繰り返されるフレーズ)は、美しくもどこか冷ややかで、都会の夜を連想させます。そこに重なるホーンセクション(トランペットやサックスなどの管楽器)は、華やかで煌びやかですが、その明るさが逆に孤独感を際立たせています。
「楽しいパーティーの最中にふと感じる寂しさ」のような、相反する感情を同時に呼び起こすアレンジ。これがOmoinotakeの真骨頂であり、ドラマの舞台である東京の夜景とも完璧にマッチしています。
サビ前の「転調」が心拍数の上昇とリンクしている理由
この曲の最大のエモポイントは、サビに向かう瞬間のコード進行と「転調」の妙技にあります。専門的な話を少し噛み砕くと、サビに入る直前で、楽曲のキー(調)やコードがふわりと浮き上がるような変化を見せます。
これは聴き手の心理に「予期せぬ展開」や「高揚感」を与えます。まるで、好きな人と目が合った瞬間に心臓が「ドクン」と跳ねるような、あるいはジェットコースターが落下する直前の浮遊感のような感覚を、音楽理論的に作り出しているのです。
藤井レオのファルセット(裏声)が持つ、壊れそうで芯のある響き
ボーカル藤井レオの声質も重要な要素です。彼のファルセット(裏声)は、単に高いだけでなく、空気を含んだ柔らかさと、今にも壊れてしまいそうな繊細さを持っています。しかし、その芯には強い意志が感じられます。
この「強さと弱さの同居」した声が、歌詞の切ないメッセージを運ぶのに最適なのです。地声で力強く歌う部分と、ファルセットで優しく囁くような部分のコントラストが、聴き手の感情の波をコントロールしています。
音楽解説ライター・ドラマ考察家のアドバイス
「特に注目してほしいのは、リズム隊(ドラムとベース)の『タメ』です。ジャストのタイミングよりもほんの少し遅れてビートを刻むことで、独特の『もたつき』が生まれます。これが、足がすくんで前に進めないような『ためらい』や、後ろ髪を引かれるような『未練』をリズムとして表現しており、無意識のうちに私たちの胸を締め付けるのです。」
カラオケで歌うための難所攻略とOmoinotake流・歌唱ポイント
この曲に感動して、「カラオケで歌いたい!」と思った方も多いでしょう。しかし、Omoinotakeの楽曲は難易度が高いことでも知られています。ここでは、かっこよく歌いこなすためのポイントを伝授します。
音域の広さとファルセットの切り替え(地声と裏声のバランス)
最大の難所は、やはり音域の広さと、頻繁に登場する地声と裏声の切り替えです。特にサビでは、一瞬で高い音に跳躍するフレーズが連続します。
無理に地声で張り上げようとすると、喉が締まって苦しそうな歌声になってしまいます。ポイントは、サビの高音部分はリラックスして、鼻腔(鼻の奥)に響かせるようなイメージでファルセットを使うこと。藤井レオのように、地声と裏声の境界線を感じさせない滑らかな移行を目指しましょう。
リズムに乗り遅れないための「食い気味」のアタック
この曲はミドルテンポですが、言葉数が多く、リズムが跳ねています(シャッフルビートの要素)。歌詞をただ追っていると、どうしてもリズムに遅れてしまいがちです。
コツは、子音をはっきりと発音し、リズムに対して少し「食い気味(早め)」に入る意識を持つことです。特に「幾億光年」というフレーズは、一文字一文字を粒立てて、パーカッションの一部になったつもりでリズミカルに歌いましょう。
感情を込めるべきフレーズと、さらりと歌うべきフレーズのメリハリ
すべてを感情たっぷりに歌うと、重苦しくなってしまいます。AメロやBメロは、少しクールに、語りかけるようにさらりと歌うのがコツです。そしてサビで一気に感情を爆発させる。
この「引き算」と「足し算」のメリハリをつけることで、ドラマチックな構成が生まれ、聴いている人を飽きさせません。
▼『幾億光年』歌唱難易度チェックと練習ステップ
- Step 1 [リズム]: 歌詞を見ずにインスト(伴奏)だけを聴き、裏拍(ン・タ・ン・タ)を感じて手拍子をする。
- Step 2 [ファルセット]: サビの高音部分だけを取り出し、裏声で綺麗に出す練習をする。フクロウの鳴き真似のようなイメージで。
- Step 3 [ブレス]: 息継ぎの場所をあらかじめ決めておく。歌詞カードに「V」マークを書き込むと良い。
- Step 4 [表現]: 誰に向けて歌うのか(テオなのか、侑里なのか、自分の大切な人なのか)を明確にイメージする。
『幾億光年』に関するよくある質問 (FAQ)
最後に、この楽曲に関してよく検索される疑問について、簡潔にお答えします。
Q. 『幾億光年』の作詞・作曲は誰ですか?
作詞はベースの福島智朗(ふくしま ともあき)、作曲はボーカル&キーボードの藤井レオ(ふじい れお)が担当しています。Omoinotakeの楽曲の多くはこの体制で制作されており、福島の文学的な歌詞と、藤井のメロディセンスの化学反応が特徴です。
Q. ドラマのどのシーンで流れることが多いですか?
主にドラマのエンディング付近、物語が大きく動くクライマックスや、二人の気持ちが通じ合う(あるいはすれ違う)最も感情が高まるシーンで流れます。イントロのピアノが流れた瞬間に「ここで来るか!」と涙腺が崩壊する視聴者が続出しました。
Q. Omoinotakeの他の人気曲やおすすめ曲は?
『幾億光年』で彼らを知った方には、アニメ『ブルーピリオド』のオープニングテーマ『EVERBLUE』や、映画『チェリまほ THE MOVIE』主題歌の『心音』がおすすめです。どちらもピアノ・トリオならではの疾走感と切なさが同居した名曲です。
音楽解説ライター・ドラマ考察家のアドバイス
「個人的な推し曲は『モラトリアム』です。劇場アニメ『囀る鳥は羽ばたかない』の主題歌なのですが、報われない愛や痛みを伴う関係性を描かせたら、Omoinotakeの右に出る者はいません。『幾億光年』の切なさが刺さったあなたなら、間違いなくハマるはずです。」
まとめ:『幾億光年』は距離への絶望ではなく、届くと信じる希望の歌
Omoinotakeの『幾億光年』は、単に「遠距離恋愛が辛い」と嘆く歌ではありません。「幾億光年」という絶望的なまでの距離を前にしてもなお、自分の声と愛のスピードを信じ、君のもとへ駆けつけようとする、力強い「希望」と「決意」の歌です。
ドラマ『Eye Love You』の侑里とテオが、言葉の壁やテレパスという障害を乗り越えて愛を育んだように、この曲は私たちに「諦めない勇気」をくれます。物理的な距離、心の距離、時間の壁。私たちが生きる日常には多くの「ディスタンス」が存在しますが、音楽と愛だけは、そのすべてを飛び越えることができるのです。
楽曲の「エモさ」理解度チェックリスト
- タイトルが「時間」ではなく「距離」を表している意味を理解した
- ドラマのテオの真っ直ぐさと歌詞のリンクを感じ取れた
- サビ前の転調が生む「心臓の高鳴り」を意識して聴くことができた
- ギターがいない「ピアノ・トリオ」だからこその隙間と切なさを味わえた
ぜひ今日から、通勤電車の中で、あるいは夜眠る前のひとときに、この解説を思い出しながら『幾億光年』を聴いてみてください。きっと、最初の一音が鳴った瞬間から、今までとは違う深い感動があなたを包み込むはずです。そして、あなたの大切な人へ、想いを伝えたくなることでしょう。
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